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第104回 出版翻訳家インタビュー~宮崎伸治さん 後編

寺田 真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

第103回に続き、『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』の著者である宮崎伸治さんからお話を伺います。

(撮影:八木洋子)

寺田:本人訴訟ができる程度の法的知識を身につけることを提唱していらっしゃいます。『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』の中にも、表紙に訳者名を載せずに出版するのは氏名表示権の侵害であり、刑法に触れる犯罪であることや、翻訳家は自分の翻訳書をいつ発行するかを決める公表権という権利を有していることが書かれていました。私はどちらも認識していませんでしたが、他にも翻訳家が把握しておくべき法的知識があれば伺いたいです。

宮崎:法的知識はあったほうが望ましいことは言うまでもありませんが、私が翻訳家の方々におすすめしたいのは、著作権法、民法、民事訴訟法の知識です。
特に著作権法は勉強しておくことをおすすめしたいです。「ビジネス著作権検定」「知的財産管理技能検定」というのがありますので、それに向けて勉強しておくのも効果的だと思います。著作権で保護されるのは何年か、著作者人格権とは何か、二次的著作物とは何かなど基本的なことは知っておくといいでしょう。
その他、民法と民事訴訟法の知識があれば、トラブルが生じた時に本人訴訟がしやすくなります。これは翻訳家としてはもちろん、一般市民としても大いに役立ちます。諾成契約とは何か、黙示の契約とは何か、債権とは何か、訴状とは何か、準備書面とは何か、口頭弁論とは何か、債務名義とは何かといったことを知っておくと万が一、トラブルが生じた時に弁護士と相談がしやすくなります。「ビジネス実務法務検定」や「法学検定」などに向けて勉強するのも効果的です。

寺田:これから出版翻訳家として活躍していく方々を応援するために、どんなことを考えていらっしゃいますか。『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』の出版が大きなひとつですが、たとえば出版契約書のフォーマットや、今お話してくださったような法的知識をまとめたハンドブックを開示してPDFでダウンロードできるようにするなど、もしお考えのことがあればご教示ください。

宮崎:実は「出版業界健全化のための緊急提案」という小論文を執筆しており、公表できる機会を伺っているところです。書き手が出版社の言いなりになることが多い現状を踏まえ、どう改善できるかを訴えたものです。一冊の本としては分量が少ないため、別の何らかの形で公表できる機会があればと願っております。

あと、私ができることがあれば、ぜひお声をかけてください。お仕事のご依頼は MXA00442(at-mark)nifty.com までメールでご連絡ください。 ※(at-mark)を「@」に置き換えてください。

寺田:ご自分が翻訳したものを伝手のない出版社に送ってみるなど、デビュー前から積極的に売り込みをしていらっしゃいますよね。その発想がないためにデビューができない方も多いと思うのですが、その点を含め、これから出版翻訳家としてデビューを目指す読者へのアドバイスをお願いいたします。

宮崎:翻訳家になるのに年齢制限はありません。ですから焦って翻訳家にならなくても、経済的基盤をつくりながら翻訳の実力を磨いていき、経済的な基盤が盤石になってからフリーになったほうが職業生命はむしろ長くなると思います。

私は翻訳家の仕事で食べていけるようになるまで、夜勤の仕事で電話当番をしていました。電話が鳴っていない時は何をしてもいいので、実質ほとんど翻訳をしていました。こういう仕事を見つけて二足のわらじを履くことおすすめしています。人間関係の面倒がなく、通勤時間も短くてエネルギーを消耗しない仕事が見つかればそれが一番理想的ですね。
経済的基盤がないままフリーになると、お金を稼ぐために、自分に合っていない作品、出版が中止にされかねない作品に手を出さざるを得なくなります。超特急での納品など無茶な条件で引き受ければ、体力的に大変なだけでなく、翻訳のクオリティも落ちてしまいます。それを続けていると、結局、職業生命は短くなると思います。
ですから、まずは焦らずに自分が惚れ込んだ作品を見つける、翻訳の実力をつける、経済的基盤をつくる、といった環境整備から始めたほうが、翻訳家として長生きできると思います。この3つを同時進行させて、機が熟したらデビューできると信じて地道にやっていくことです。

寺田:「今、出版翻訳の仕事を依頼されたらどうするか」について、「約束を守ってくれることを100%保証してくれる出版社が見当たらないから」引き受けないとあとがきにありました。その後、本書をきっかけに名乗りを上げた出版社はありましたか。

宮崎:名乗りを上げてくれた出版社はありません。今後、名乗りを上げてくれる出版社があれば、引き受けることも検討させていただきますが、引き受けるとすれば最初の段階で出版契約書を交付してくれる出版社に限ります。こんなことを言うと、名乗り出るところは皆無でしょうから最初から期待はしておりません。

寺田:本書がかなり話題になっているので、翻訳書のお話を打診してくる出版社も多いかと思ったのですが。

宮崎:新聞や雑誌のインタビューなど、たしかに反応はありますね。手持ちの原書の企画もあるものの、何度も出版中止を経験していますから、トラウマのほうが大きいんです。ですから翻訳よりエッセイなどの執筆のほうがいいです。

寺田:本書はエッセイですが、そもそもどういう経緯で出版されることになったのでしょう?

宮崎:これまでに経験したつらいことを吐き出すために勝手に書いた原稿があって、それが5、6年眠っていたんです。新聞広告で『交通指導員ヨレヨレ日記』などの職業シリーズのカバーイラストを見てピンときて、サンプル原稿を出版社に送って売り込みました。当初はつらいことだけを書いていたのですが、出版翻訳家としての成功体験も含め、「喜怒哀楽全部入れましょう」と編集者さんからご提案いただき、こういう本になったんです。

寺田:そうだったんですね。本書をきっかけに著者としてお仕事をしていくことも考えていらっしゃるのでしょうか。

宮崎:それはぜひ望んでいることです。今回、本書を書いていて感じたことは、書くことのほうが翻訳よりも遙かに私に合っているということです。書くことが純粋に楽しめたのです。今後、エッセイにしろ、記事にしろ、書くお仕事があればどしどし挑戦していきたいです。

寺田:それは楽しみですね。これまで翻訳を手がけられた本の中で、読者におすすめの本のご紹介をお願いいたします。

宮崎:ミヤオビパブリッシングさんから出した『天界と地獄』です。エマニュエル・スエーデンボルグという霊能者が生きたまま霊界を旅し、天界と地獄を自分の目で見てきた記録です。だれもが幸せになることを願っていると思いますが、この世のモノ、つまりお金、名誉、地位、他人からの賞賛といったものは、幸せの象徴にしかすぎず、幸せを保証するものではないと私は考えています。幸せになるには霊界を意識した生き方をするのが最良の方法だと思っていますが、本書はそれを可能にする最良の本だと思っております。

寺田:それは内容的におすすめということでしょうか。それとも翻訳のクオリティの面で?

宮崎:内容にも翻訳のクオリティにも納得しています。私より前に10人近くの方が翻訳していますが、何なら比べてみてくださいというくらい、力を入れて訳していますので、ぜひ読んでいただきたいです。

寺田:ありがとうございます。最後に、宮崎さんから読者にお伝えしたいことがあればぜひ伺いたいと思います。

宮崎:出版社と翻訳家がトラブルになることがたまにあります。そういう時に覚えておいてほしいのは、出版社も編集者も翻訳家も、どうすることが自分にとって都合がいいかではなく、どうすることがもっとも誠実なことなのかを指針として動くことです。そのほうが結局、自分にとっても良い結果になるのです。逆に、都合がいいように考えて動くと、最終的には自分がいちばん傷つくことになります。誠実さを基準にすること。これがいちばんお伝えしたいことです。

寺田:誠実さを基準に、お互いを尊重し合える出版業界になり、翻訳家も安心してお仕事ができるようになることを願っています。『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』をきっかけに、改善の動きが広まることと期待しています。具体的なアドバイスをありがとうございました!

『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』は、今回のインタビューと合わせ、転ばぬ先の杖として読者のみなさまにご参考にしていただけたらと思います。インタビューに際し、宮崎さんは入念にご準備をして臨んでくださいました。きっと一つひとつのお仕事にそのように誠実に取り組んでいらしたのでしょう。それだけにトラウマから出版翻訳家としてのお仕事ができない状況はとても悲しく、もったいないことですが、ご出版を通じて書く喜びを取り戻されたことをうれしく思っています。今後は著者としてご活躍され、後進のためにもまた新たな道を切り拓いてくださることを期待しています。宮崎さん、本当にありがとうございました!

※宮崎伸治さんの最新情報はブログをご覧ください。

※この連載を書籍化した『翻訳家になるための7つのステップ 知っておきたい「翻訳以外」のこと』が発売中です。どうぞよろしくお願いいたします。

Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
『虹色のコーラス』(西村書店)
『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

『うつの世界にさよならする100冊の本』(SBクリエイティブ)
『日日是幸日』(CLC)
『パーソンセンタードケア講座』(CLC)

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