第102回 専門用語の訳語を変えてもいいの?
今回は、いただいたこちらのご質問にお答えします。
「すでに誰かに翻訳されて出版された言葉がどう考えてもおかしい場合、自分が正しいと信じる訳語を使って新たに専門用語として扱ってもよいものでしょうか?」
すでに翻訳されて出版された言葉が、どの程度「定訳」として普及しているかによっても変わってくるかと思います。
専門用語でも、特に新しく登場した技法や団体名など、人によって訳し方が違う場合があります。同じ方が訳した場合でも、変わることがあります。諸般の事情を考慮して、「このほうが伝わりやすい」と判断して変更したのでしょう。
このようにまだ「定訳」といえるものがない状況であれば、ご自身が正しいと信じる訳語を使うことに問題はないと思います。ただし、その場合でも、読者によっては既存の訳語になじんでいるかもしれませんから、「○○とも訳されています」と注をつけるなど、配慮することをおすすめします。
問題になるのは、既存の訳語が「定訳」になっている場合です。読者にとってはその定訳を使わないと意味が通じなくなってしまいますから、いちばん親切にしなければいけない相手に対して不親切になってしまいます。編集者さんとも相談することになるでしょうが、定訳を使うことを求められるかもしれません。
ただし、その訳語がおかしいと考える正当な理由があれば、それをきちんと述べたうえで使うことは考えられるでしょう。その場合、注ですませるのではなく、たとえば本の冒頭などで、「この言葉は○○と訳されることが多いのですが、本書ではこういう判断で、こう訳しています」とお伝えするほうがいいでしょう。
訳語をつくることは、ひとつの言葉を生み出すことです。それはひとつの世界をつくることにも通じます。そこで注意したいのが、余計な派閥争いを生んでしまわないことです。狭い業界の場合、あなたが考えた新しい訳語を使うか、使わないかということが一種の派閥争いのようになってしまうかもしれません。定訳を使ってきた方たちから、自分たちの考えを否定されたと受け取られるかもしれないからです。その可能性も念頭に置いて、新しい訳語を提唱する際に配慮があるといいでしょう。
ご参考になればうれしいです。
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