第93回 他の出版社に持ち込んでいいの?
今回は、いただいたこちらのご質問にお答えします。
「編集者さんに企画をお預けしたものの、そこで止まってしまっています。こういう場合、他の出版社に持ち込んでいいのでしょうか?」
まずは、第35回の「他社への持ち込みのタイミング」の内容をご参考になさってください。なかなか動きがない場合も多いのですが、忙しい編集者さんとあなたとの時間の感覚が違うために、余計に長く感じられてしまうこともあるでしょう。この点については、第87回の「待っている時に大切なこと」で触れています。
客観的に見て十分に待ったと判断できるなら、第91回の「どうやって催促すればいいの?」の内容を参考に、催促してみてください。そこでお返事があって、引き続きご検討いただいているようなら、他社に持ち込むことは控えましょう。そのお返事の後、またしばらく間があいてしまう場合もあるかと思います。その場合も、催促のプロセスを繰り返してみてください。
これには、あなたと編集者さんとの力関係の差という問題もあります。十分に実績ができて、出版関係者の知り合いも増えてくれば、「それなら、他をあたります」と見切りをつけてしまえるでしょう。だけど実績もなく、他にあてもないとなると、どうしても立場が弱くなってしまうのは否めません。
たとえるなら、就活中の新卒でしょうか。「御社が第一志望です」といって応募してきているのに、他社にも応募していたとなると印象が悪くなる……それに近いのではと思います。
たいていの編集者さんは、頭の片隅には置いてくださっているものです。以前にお会いした某編集者さんも、「お預かりしている原書が何冊かあって……その中で、これは個人的にも気になるなあっていうのがあるんです。何かの機会に進めたいとは考えていて、ご連絡しなきゃと思いながらそのままになっちゃって」と話していました。それで何年越しかになってしまっているそうです。こういう事情を踏まえて、ご検討いただけている間は、他社への持ち込みは控えましょう。
ただし、あまりにも誠意がない場合は別です。催促しても返事がないことが続くなど、「きっと忙しいんだろうな」とかなり寛大な目で見ても、「さすがにこれはひどい」と思う場合には、他社に持ち込んでもいいでしょう。そういう相手だと、実際に仕事が始まってからも、きちんとした対応をしていただけるかどうか心配ですし。
その場合に、他社に持ち込むことを相手に伝えるかどうかですが、これは状況判断になるでしょう。基本的には、ご検討いただいたことへのお礼とともに、他社に持ち込むことを伝えるのが誠意のある対応だと思います。また、原書を返却してもらわないといけないという実務的な理由もあるでしょう。
ただ、他社に持ち込んでも、そこでうまく話が進むとは限りません。可能性を残す意味で、原書は別途また購入して用意して、相手に伝えないまま持ち込み、動き出した時点で伝えることも考えられます。その場合は、新しく持ち込んだ出版社に対し、既に別途持ち込みをしていることや、そこで話が動かないなどの事情を伝えておいたほうがいいでしょう。
長年放置されていて、その間の相手の態度に不信感を募らせてしまったケースもあるかもしれません。もう自分からは連絡をとりたくないということもあるでしょう。それぞれの事情によって判断は変わってくるかと思います。
相手の立場に立って事情を考慮したうえで、十分に誠意は尽くした……そう自分で納得できることが大切です。
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