第89回 企画をどうやって進めているの?③
ぜひ出版したいと考えている認知症についての専門書。ところが、出版翻訳するには問題があります。今回は、その問題にどう対応して企画を進めているのかをお伝えします。
まずは、基本的に学術書であるということ。そうすると読者が研究者に限られてしまうため、せっかく翻訳しても特定の読者にしか読んでいただけないことになってしまいます。内容はもっと普遍的なので、介護者や、広く一般の方にも読んでいただきたいと考えています。そこで、できるだけやわらかく訳すとともに、後述するような仕掛けをしていきます。
ちなみに、大学教授などが専門分野の学術書を出版翻訳する際、講義のテキストとして使用する場合にはかなり出版しやすくなります。たとえば数百人受講する講義で、毎年そのテキストを使用するとなれば、それだけでかなりの部数が見込めるからです。あらかじめ読者の存在を示すことが、出版社にとっての安心材料になるのですね。
もうひとつの問題は、本書がセクシュアリティを扱っていることです。障がい者のセクシュアリティについてはメディアでも取り上げられ、かなり啓発が進んでいるように思います。それに比べ、高齢者のセクシュアリティはまだまだタブー視されています。まして認知症がある高齢者のセクシュアリティとなると、二重にタブーとなってしまいます。さらに本書ではLGBTで認知症がある高齢者も登場しますので、もはやトリプルタブーでしょうか。
実は、今年は東京でオリンピックが開催されるはずでしたので、社会環境の改善とともにLGBTをめぐる状況も大きく動くのではと思っていました。そうすると本書の内容も話題にしやすくなり、出版しやすい環境になると期待していたのですが……新型コロナウイルスの影響が、こんなところにも出てしまいました……。
気を取り直して、本書のテーマに関心を持っていただける状況をつくっていくことから始めました。つまり、マーケティングを自分ですることにしたのです。具体的には、認知症の専門医の方、研究者の方、テレビ番組のディレクターの方などに本書のテーマをお伝えし、関心を高めるように働きかけてきました。「こんな本があるんです」「このテーマは重要だけど、まだ日本では注目されていないですよね」「今後取り上げられるテーマですよね」という具合に仕掛けをしてきたのです。業界内での注目が高まれば出しやすくなりますので、そうやって環境をつくるとともに、関係者を増やすことを続けてきました。自分が関わった本となると、愛着が湧くので、出版されたら買いたくなります。将来の読者を増やすことにもつながるのです。
先日、みうらじゅんさんの『「ない仕事」の作り方』という本を読んでいたら、この点についてすごく参考になることが書かれていました。みうらじゅんさんは、「マイブーム」「ゆるキャラ」などの新語を生み出し、数々のブームの仕掛け人となってきた方です。そうやってブームを起こすためにやってきたのが、「一人電通」という活動でした。つまり、広告代理店がやっている活動を、全部一人でやってしまおうというのです。ネタを考え、ネーミングをし、デザインや見せ方を考え、各種のメディアで発表し、そのために関係者の接待まで自分でやるのだそうです。
「そこまでするのか」と驚きましたが、これは出版翻訳にも応用できると思います。単に翻訳するだけでなく、ここまでのフォローを全部自分でできる気構えと用意があれば、出版できる可能性も格段に高まるでしょう。
私も今回の原書についてはこの「一人電通」を見習いつつ、進めています。興味を持ってくれる出版社さんも出てきたところですので、またご報告できればと思います。
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