第87回 待っている時に大切なこと
実は、そんな中、別の企画が通りました。翻訳書ではなく著書ですが、本を出すのが難しくなっているこのご時世に、また新しい本が出せるのは本当にありがたいことです。
企画を通すためにどんな苦労をしてきたかというと……特に何もしていません。もちろん、編集者さんと打ち合わせはしましたし、リクエストされた資料をお送りしたりはしました。だけど、絵本の翻訳企画のためにコピーから切り貼り製本までしたのに比べたら、何もしていないに等しいのです。
これは、編集者さんのほうから打診のあった企画だからというのが大きいでしょう。第52回の植西聰さんのインタビューで、「興味がある編集者ならばやるし、興味がなければやらない」というお話がありましたが、まさにその通りなんですよね。編集者さんが興味を持ってやりたいと思えば、必要な情報を自ら揃え、企画を通すために手段を尽くしてくれます。持ち込みの場合は、興味を持ってくれそうな方を探して、興味をかきたてるところからやらなければいけないので、自分ががんばらないといけないことが必然的に多いのです。
そういうわけで特に何もしていなかったのですが、「これがプラスに働いたのでは?」と思ったことがあります。それが、「待っている時の態度」です。正確に言えば、待ってすらいなかったのです。だって、企画を通しているって、知らなかったんですから(笑)。
編集者さんが企画書をまとめてくださっているのは知っていました。それを一緒に練り上げてから企画会議にかけると思っていたら、すでに進めてくださっていたのです。そのおかげで、待っている間は見事に無心。あれこれ期待したり、余計な考えを巡らせたりして、物事の流れを滞らせずにすみました。
待っている時には関心が一点に集中しているので、返事を待つ間はまさに一日千秋。「まだ? まだ? まだなの?」と気になって仕方ありません。だけど相手にとっては、多くの案件のひとつ。まして持ち込み企画であれば、優先順位の低い案件でしょう。お互いの時間の流れがかなり違っているのですね。落ち着いたら検討しようと、忙しいながらに思ってくれているところを、「まだですか? ずっと待ってるんですけど、まだなんですか?」とせっついてしまうと、うるさく感じられてしまいます。検討しようとしていた気持ちも、しぼんでしまいますよね。機が熟していないのに、卵をつついて無理に孵そうとするようなものです。
それに、待っていると、ついネガティブなほうに考えてしまいがちです。「やっぱりダメなんじゃないか」「自分にはまだ早すぎるんじゃないか」という具合に。すると、余計な邪念でかえって事態の邪魔をしてしまいます。水面でせっかく向こうから目当てのものが流れてくるのに、バシャバシャと水を掻き回して、遠ざけてしまうのと同じです。
先日、『車のいろは空のいろ 白いぼうし』という児童書を読みました。図書館で見かけて、子どもの頃に読んだのを思い出して懐かしくなったのです。大人になったいま読んでみても、ふんわりとやわらかい香りがする文章で、いいものはちゃんと記憶に残るのだと感じました。調べてみたところ、本書はなんと50年以上も読み継がれているのですね。
いいものをつくれば、しっかり残る。寿命の長い本になるのなら、待つ時間もその時間軸で捉えてみてもいいのかもしれません。
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