第83回 翻訳家とブランディング
今回は翻訳家とブランディングについて考えてみましょう。
もともと、私はブランディングというものがあまり好きではありません。たとえば、翻訳であれば、「次々と翻訳書を手がけ、長年そうしているうちに気づけばその道の第一人者になっていた。だが本人は目の前の仕事のことしか頭にない。さらに精進を重ねるつもりで、大家という自覚すらない」というのが本来あるべき姿で、そのほうが美しいと思うからです。「自分がすでにブランドになっているので、ブランディングを考える必要もなく、考えたこともない」という状態ですね。
だけどその境地に至るには長年の仕事の積み重ねが必要です。そもそも最初の一冊を何とか出版したいというとき、何者でもない状態から何者かになっていこうとするときに、役立ってくれるのがブランディングだと思うのです。
とはいえ翻訳家を目指す方とブランディングは、あまり相性がよくないようにも感じています。ブランディングでは「わかりやすくすること」が求められますが、わかりやすくすることで、こぼれ落ちてしまうものがたくさんあるからです。特に文芸翻訳であれば、こぼれ落ちるものをどれだけ丁寧にすくい取れるかを目指すわけですから、性質として正反対なんですよね。
「そんなものは必要ないから自分は一切やらない」というのもひとつの選択肢ですが、もし「やってみたいけど抵抗がある」というなら、その抵抗感を乗り越える鍵は「親切心」ではないかと思うのです。「わかりやすくすること」によって「相手にとって理解しやすくしてあげる」と考え、視点を自分から相手に移すことで、乗り越えられるのではないでしょうか。そこでこぼれ落ちてしまったものは、自分が大事にしつつ、後からゆっくり伝えていけばいいと考えるのです。
ブランディングをするときに大切なのは、発信するメッセージに一貫性を持たせることです。たとえば料理の本を出版翻訳したいと思ってSNS発信をするなら、料理の話題に特化すること。読者は料理に関心を持ってフォローするわけですから、そこで「今日はこんな服を買いました」などと発信しても意味がないわけですよね。料理の本を出版翻訳している姿をしっかりイメージし、そこから「今どんな発信をしていればそこにつながるのか」を逆算してほしいのです。
写真ひとつとってもそうです。動画でもお話させていただきましたが、岸山きあらさんの場合は、バレエ関連の翻訳を手がけるという目標があって、バレリーナ姿のお写真を使っています。これが普通の証明写真では、印象に残らないでしょう。だけどこうしてメッセージに一貫性があると、しっかり印象に残るので、バレエ関連の情報に接したときに「バレエの翻訳なら、きあらさん」と思い出してもらえるのですね。
著者の場合と違って翻訳家はプロフィール写真を使うことは少ないですが、使う場合はきちんと撮影してもらうことをおすすめします。「えーっと、たしかこの間撮ったのがあったよね」と適当に見繕うのはやめましょう。照明も暗くてピンボケの写真では、仕事への信頼まで損ねてしまいます。
自分の写真ではなくアイコンなど画像を使う場合でも、一貫性を持たせることです。料理の出版翻訳をやりたいとプロフィール欄に書いてあるのに、バイクの画像を使っていたら、違和感がありますよね。「バイク好きの料理研究家」とか、異質なものの組み合わせでブランディングをしているなら別ですが、そうでもない限り、読者が離れてしまいます。
相手目線で考え、一つひとつの情報に一貫性を持たせることを大切に、ブランディングも役立ててみてくださいね。
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