第81回 AIの裏切り
私はよく「サイトラ翻訳」をします。サイトラとは、サイトトランスレーションのことです。見えたものから翻訳していく、つまり語順通りに前から翻訳していくものです。通訳のトレーニングでよくある方法で、私は元々通訳からスタートしているので、この方法を翻訳にも応用しているのです。
英語の原書を見ながら、サイトラで日本語にして通訳していきます。その通訳を音声認識で文字化するのです。手直しは必要ですが、普通に翻訳するよりも格段に速くなります。
ただ、疲労の仕方も通訳の場合に似ているので、長時間はできません。普通に翻訳するなら一日中でも続けられますが、サイトラ翻訳の場合は数十分で結構疲れてしまいます。
とはいえそのくらいの時間でもかなりの量が訳せますし、いきのいい翻訳ができます。何時間も考えてもうまく出てこない訳語が、この方法だとパッと出てくることもあり、通訳経験のある方にはおすすめしている方法です。
問題は、音声認識が暴走してしまうことです。以前は音声認識ソフトを活用していたのですが、たとえば、
「母」
と言っているのに
「アハン」
になってしまったり、
「夫婦」
と言っているのに
「ウフン」
になってしまったり……。
「発情期ですか?」とソフトに尋ねたくなってしまうほど、おかしな変換をしょっちゅうしてくれるのです。学習機能があるソフトなのですが、認知症ケアに関する翻訳にしか使っていないので、こんな「学習」はしていないはずなのに。初期設定が間違っていたのではと思いつつ、勝手にポルノ小説になってしまう音声認識に手を入れて学術書に仕上げていました。
今では無料の音声認識も性能が格段に向上しているので、スマホの機能を活用しています。ところがこれもおかしなことをしてくれて、たとえば、
「行為主体性と」
と言っているのに、
「恋したい生徒」
になってしまいます。
「今度は学園恋愛ドラマ?」と思いながらも修正して翻訳を進めるのですが、
「夫のジョージを介護して」
と言っているのに、
「大人女子を介護して」
になってしまったりして……。「違う、違う!」と思わず口にすると、今度はご丁寧に「違う違う」と認識してくれて……(苦笑)
「AIに人類が翻弄されている」と思いながら、サイトラ翻訳をしています。
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