第79回 資格がいるの?
今回は、こちらのご質問にお答えします。
「出版翻訳家になるには、何か資格がいるのでしょうか?」
資格は特にいりません。出版翻訳家認定制度などが存在するわけでもありませんし、TOEIC何点以上などの要件もありません。
私が英語関係で持っている資格は「英検1級」「TOEIC965点」「通訳案内士」です。それぞれに取得した理由や経緯、どう役立ったかなどを見ていきますね。
まずは英検1級。英検を意識するようになったのは、中学3年の時です。高校受験のために履歴書を書いていて、自分には「資格」の欄に何も書くことがないと気づいたのです。まわりの子たちは「英検何級」と書いていて、そこではじめて英検の存在を知りました。
高校に入ってから2級を取得したのですが、私の通っていたICU高校では1級に合格する子もざらにいました。当時の私にはそこまでの語学力はなく、1級を取得したのは大学3年になってからでした。
資格はそれで十分と思っていたところ、通訳になってから「通訳はTOEICだと何点くらいなんですか?」と訊かれることが増えてきました。通訳力はTOEICで測れるものではないのですが、あまりによく訊かれるので受けてみる気になったのです。結果、965点。何問かミスをしてしまい、満点ではありませんでした。とはいえ満点を取っても仕事には関係ないので、そのためだけにまた受験しようとは思いませんでした。
通訳案内士は、資格を持っておくといいのではと通信で勉強して合格したものの、通訳案内士として仕事をすることはありませんでした。なにしろ超方向音痴ですから、案内以前に、まずお客さまを現地までお連れできるとは思えません……。それに、連れて行ってもらうならまだしも、人さまをどこかにお連れしてご案内するなんて、私にとっては苦痛でしかありません。「そもそも論」の部分で、資格を取ったこと自体が間違っていますよね……。
「資格があればなんとかなるのでは?」という資格幻想に踊らされたケースです。いかに何も考えていなかったかをさらすようですが、私の失敗を教訓に、「どうしてその資格が欲しいのか」「資格を取ってどうしたいのか」をよく考えてくださいね。漠然とした不安感から資格取得に走っていては、資格ビジネスのいいお客さんになってしまうだけですから。
いずれの資格も、資格そのものが出版翻訳に役立つことはありませんでした。目の前の原文を読者にうまく伝えることができないのに、そこで「私、TOEIC高得点なんです!」と言ったって、「だから、何?」という話ですよね。
ただ、資格取得のために勉強したこと自体はもちろん役立ってくれました。資格という結果よりも、勉強するプロセスから得たもののほうが大きかったのです。
勉強を続けるうえで自分の実力を知るために客観的な目安があるほうががんばれる、資格を取得することが自信につながるというのであれば、取得するのもいいと思います。
だけど知っておいていただきたいのは、取得したとしても有利にはなれないという現実です。英検1級でも、TOEIC高得点でも、せいぜいそれは品質の最低保証程度のこと。語学を生業にしている方や、目指している方の中には、その資格をすでに取得している方や、これから取得しようという方がゴロゴロいるわけです。同じ資格を取ろうとするのは、レッドオーシャンに飛び込むようなもの。
それならむしろ、自分が出版翻訳したい分野の資格を取ってみてはいかがでしょうか。料理の本を手がけたいなら、調理師免許を取得する。あるいは食育関連の民間資格を取得する。そのほうが実際の仕事にも役立ちますし、ずっと差別化につながるはずですよ。
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