第71回 原書の検討プロセス⑥
どんな原書をどうやって見つけたのか、出版翻訳する価値があるかをどう見極めているのか、第70回に引き続きお伝えします。
⑥思い出についての絵本
何年も前に買っていた絵本です。絵柄に惹かれて購入したものの、文章量が多いので辞書を引きながらゆっくり読もうと思い、そのままになっていたのです。
外出自粛期間中に本棚の整理をしていて見つけ、取り出して眺めるうちに……
「あれっ? このイラストレーターって……!?」
そう、当時は知られていなかったものの、ここ数年で続々と絵本が翻訳されて、日本でも人気のイラストレーターになっていたのです。この方が手がけているとなると、企画も通りやすくなるのではないでしょうか。日本で認知されているのは、やはり大事なことです。「珍しい絵柄ですね」と片づけられてしまうのと、「ああ、○○さんがイラストを描いてるんですね!」と興味を持ってもらえるのでは、その後の展開が違ってきます。
ストーリーは、思い出の品々を集めた箱を中心に展開します。壊れた飾りのついた箱を、女の子が思い出の箱にしようと心に決めます。中の品々を眺めた後、一つひとつ、ふさわしいやり方で手放していきます。
手放すことによって自由になることや、可能性を信じることがテーマになっているように感じますが、わかりやすく「これがテーマです」といえるタイプの作品ではありません。著者の方のプロフィールを調べてみると、哲学を専攻していたとあり、納得しました。本書もとても哲学的で、読み込んでいくことで解釈が深まっていく作品です。
そういう意味では通好みかもしれませんし、どちらかというと大人向けの作品かもしれません。でも、子どもが読んでも、子どもなりにテーマを深いところで感じとってくれそうです。手元に長い間置いておいて、自分の成長段階に合わせて読み返すと新しい気づきがある……そんな絵本ではないでしょうか。
好きなイラストレーターなので手がけてみたいですし、「手放す」というのも、今の時代にちょうどぴったり合ったテーマなのではと思います。こんなふうに、何年か寝かせておくうちに本と時代がマッチして、出版しやすい環境が整ってくることがあります。ですから、気になる原書があったら、すぐに手をつけられなくても、手に入れておくことをおすすめします。
赤やピンクを多用した画面ですが、女の子の表情は寂しげなので、あまり甘くない翻訳で合わせたほうがよさそうかな……とトーンを考えながら試訳をつけています。こちらはほぼ仕上がったものの、テーマが抽象的で言語化しづらいこともあって、企画書の作成に頭を悩ませているところです。
これまでに手がけてきた作品に通底するものもありつつ、仕事の幅を広げてくれそうな作品なので、これもぜひ形にしたいと思います。
続いてまだまだ原書はあるのですが、その前に、次回はうれしいご報告があります! どうぞお楽しみに……!
※この連載では、読者の方からのご質問やご相談にお答えしていきます。こちら(私の主宰する日本読書療法学会のお問い合わせ欄になります)からご連絡いただければ、個別にお答えしていくほか、個人情報を出さない形で連載の中でご紹介していきます。リクエストもあわせて受け付けています。