第70回 原書の検討プロセス⑤
どんな原書をどうやって見つけたのか、出版翻訳する価値があるかをどう見極めているのか、第69回に引き続きお伝えします。
⑤おばあちゃんと孫娘の絵本
①動物が主人公の絵本と同じ出版社のラインナップにありました。内容紹介のページを見て、よさそうな絵本だなと思い、取り寄せました。登場するのは、おばあちゃんと孫娘のふたりだけ。その会話を中心にお話が進みます。
テーマとなる内容が深く、心に響きます。物事を知ることや理解することよりも、大切なのは一瞬一瞬を感じとって生きること。そして感謝を忘れないこと。そんなテーマが、ふたりの温かな関係性とともに描かれています。
試訳をしながら、「いい絵本だなあ」としみじみし、完成した訳を貼りつけて日本語版にして読んで、「やっぱり、いい絵本だなあ」としみじみ……。「あの方にお届けしたいな」「あの方もきっとこの絵本は喜んでくれるはず」と、まわりの方々のお顔が浮かんできます。
おばあちゃんと孫娘という設定で同じテーマを描いた絵本がどれだけあるのか、類書の検討はまだできていません。というのも、類書チェックの際には図書館を活用するのですが、現在は閉館中なんですよね……。実物を数多く手に取って、絵柄や雰囲気を感じながら検討したいので、こういう時に図書館がないのは困ります。閉館の影響で研究者の仕事に影響が出ているという記事を目にしましたが、翻訳家の仕事にも影響が出ております……。
そんなわけで類書の検討はまだですが、本書を読んで感じるどこか禅的なものは、差別化要因になるのではと考えています。テーマや絵柄を含め、作者やイラストレーターの方々の持つ精神的なものに禅に通じる部分があるのでしょうね。日本の読者には、しっくりくるのではと思います。私自身も、禅寺に4年間通っていたので、本書の翻訳にはうってつけだと自負しているのです。
こうして入れ込んで試訳もつけ、類書の検討以外は企画書もまとめているのですが、気になることがふたつあります。
ひとつは、冒頭の海のシーン。「どうして海は砂浜でとどまって、町じゅう水びたしにすることがないの?」と孫娘がおばあちゃんに尋ねるのです。これだと、日本の読者は津波を連想してしまいますよね。それで本を閉じてしまわないように、この箇所は「どうして波は寄せては返すの?」などと処理したほうがいいのではと考えています。もちろん、原著者と相談のうえですが。
もうひとつは、表紙のイラストが地味なこと。暗いラベンダーブルーといった色合いなのです。珍しい色味なのでそこが魅力でもありますし、白を基調にした背景にはすごく映えます。だけど、店頭で普通に置かれていたら、手にとりづらい色味かなと思います。
ただ、こういう場合には、中にある他のイラストを表紙に使うことも考えられます。実際、本書も原書はスペイン語なのですが、英訳版は違うイラストを使っています。もしかしたら、日本語版も英訳版と同じイラストのほうが、受け入れられやすいかもしれません。この点も企画書には盛り込んでいます。
そんな気になる点はあるものの、クリアできるものですし、よい形で世の中に届けられたらと思っています。
続いて、6冊目の原書は……次回の連載で!
※この連載では、読者の方からのご質問やご相談にお答えしていきます。こちら(私の主宰する日本読書療法学会のお問い合わせ欄になります)からご連絡いただければ、個別にお答えしていくほか、個人情報を出さない形で連載の中でご紹介していきます。リクエストもあわせて受け付けています。