第65回 新型コロナウイルスと出版翻訳
新型コロナウイルスの影響が各業界に出ていますが、出版翻訳にはどのように影響してくるのでしょうか?
出版業界は、比較的影響を免れています。むしろ、カミュの『ペスト』の売上が累計百万部を突破するなど、感染症やパンデミック関連の書籍を中心に好調な売上を見せています。休校のために自宅で過ごしている子ども向けの学習書も伸びているほか、不安な気持ちの方が多いからか、心理エッセイも売れ行きがいいようです。休館になっている図書館も多いので、本を買う方が増えているのも一因かもしれません。
私自身も、各種の仕事がキャンセルになる中、出版関係の仕事だけは予定通りに進んでいます。また、「外に出られなくてイライラしてしまう方に向けた本」という具合に今の状況に合う本を紹介するなど、新しく依頼をいただくことも増えています。
業界が好調であるというのは、大事なことです。企画を持ち込んだ時に、「じゃあ、やってみようか」という雰囲気になりやすいからです。業界全体が落ち込み気味だと、いくらいい企画でも動かないものです。
とはいえ、かつてに比べて出版部数が半減したといわれるように、出版業界の構造不況自体が変わったわけではありません。それに、この先も新型コロナウイルスの影響が長引いて経済的な打撃が大きくなれば、書籍代にお金を回せないということも出てくるでしょう。
ただ、今回の騒動を契機に、本を読む方が増えてくる可能性もあります。これだけ大きな変化が実際に起きるのだと目の当たりにしているわけですから、自分の人生観を見つめ直すなど、物事を深く考える方も増えてくるでしょう。そこであらためて「本を読む」ということの価値が見直されてくるのではないでしょうか。
これから出版翻訳を手がけていく方は、出版業界全体への貢献を考えることが大切だと思います。単に自分が本を出すだけでなく、その本を読んでもらうことによって読書人口自体を増やしていく。読者をつくっていくことを考えていきましょう。
今後求められる原書にしても、感染症関連は引き続きニーズがあるでしょうし、枠組みそのものが変わってしまった世界でどのように生きていくか、新しいモデルを提供できる哲学書やビジネス書も求められるでしょう。今の状況を見る鏡になるディストピア的なSFや、逆に逃避の意味でのファンタジー、不況の結果として今後深刻化していく心の問題に対応できるものなども、求められていくことでしょう。
これからの時代に求められるものと、自分が手がけたいものをすり合わせながら、原書も探していきましょう。出版文化を守っていく、そんな気概を持ちながら……。
※この連載では、読者の方からのご質問やご相談にお答えしていきます。こちら(私の主宰する日本読書療法学会のお問い合わせ欄になります)からご連絡いただければ、個別にお答えしていくほか、個人情報を出さない形で連載の中でご紹介していきます。リクエストもあわせて受け付けています。