第62回 小説翻訳の近道④
小説翻訳の近道について、人によっては遠回りだけれど、人によっては近道になるかもしれない……今回は、そんな番外編とも言える方法です。
私は『虹色のコーラス』という小説の翻訳をスペイン語で手がけました。お話をいただいた時点で英語の本は何冊か出版翻訳をしていましたが、いずれも専門書でした。翻訳実績はあったものの、小説という意味では実績はゼロだったのです。
それでも任せていただけたのは、出版社さんとその前に絵本『なにか、わたしにできることは?』でご一緒していたことと、スペイン語の翻訳家が少ないという事情があるでしょう。もし原書が英語だったら、小説を主に手がけている方にお話がいったのではと思います。
スペイン語で小説翻訳を手がけたことで、今後もし英語の小説を翻訳したいと思った場合にも、手がけやすくなったと言えるでしょう。
そう考えると、「英語以外の言語で小説翻訳を手がける」というのも、複数言語で翻訳を手がけている方にとっては近道になるかもしれません。
越前敏弥さんのインタビューでも、英語以外の言語にも強いと、英語の仕事をするうえでも強みになるという趣旨のお話がありました。また、読者インタビューに登場された岸山きあらさんも英語以外にフランス語を勉強されています。
英語の小説を手がけたいがために今から他の言語を勉強するというのは本末転倒ですが、すでに英語以外の言語も勉強している方や、将来的に複数言語で仕事をしていきたいと考えている方にとっては、選択肢のひとつになると思います。
ちなみに、小説翻訳をさせていただくことになった際の打ち合わせの場で、当時の担当編集者さんが拙著を見て、「字面がきれいだから、(小説翻訳も)大丈夫だと思います」とおっしゃいました。「字面」は感覚的なものですが、たしかに本を読む時に、パッと開いたページの漢字やひらがなのバランス、文字の雰囲気などがいいと好印象を受けますし、筆力の高い書き手なのだろうと感じます。
それなら、小説翻訳の実績はなくても何かしらの翻訳をしていたり文章を書いたりしている方であれば、字面もアピール材料のひとつとして使えるのではないでしょうか。ジャンルは違うけれど、手がけてきた仕事を参考資料として編集者さんにお渡しして字面を見てもらうことで、「この人は小説翻訳でも大丈夫そうだな」という判断材料にしてもらうのです。何を実績として捉え、アピールしていくかを考える際のヒントにしていただければと思います。
※この連載では、読者の方からのご質問やご相談にお答えしていきます。こちら(私の主宰する日本読書療法学会のお問い合わせ欄になります)からご連絡いただければ、個別にお答えしていくほか、個人情報を出さない形で連載の中でご紹介していきます。リクエストもあわせて受け付けています。