第61回 小説翻訳の近道③
小説翻訳の近道としてベテランの翻訳家の方に監訳をお願いする際、できれば直接お会いすることです。
「直接会うって言っても……そんな場はないのでは?」と思うかもしれませんが、ベテランの翻訳家の方なら、出版記念イベントや講演など、人前に出る機会も多いでしょう。語学関連の講座もあるかもしれません。アンテナを立てておけば情報も入りやすくなりますし、お会いできる機会はあるはずです。
仮にそれが講座だとしたら、受講してみましょう。この場でも、やはり逆算です。会場に入る時から、監訳をお願いするための交渉は始まっています。「どこに座れば相手の目にとまるのか」「どの位置なら終了後に話をするチャンスがあるのか」、しっかり考えたうえで着席してください。あなたの身なりが「一緒に仕事をしたいと思える人」であることは言うまでもありません。
私は講演など人前で話をさせていただく機会も多いのですが、「この方はご自分でも人前でお話をされる立場なのだろうな」という方は、会場にいてもすぐにわかります。人数が多いと一人ひとりの受講者なんて目に入らないだろうと考えがちですが、話す側からは意外なほどよく見えているものなのです。
そこでポイントになるのが二つ。「姿勢」と「受講態度」です。
たいていの方は、姿勢が悪いのです。背もたれにもたれかかっているか、前かがみになっているかのどちらかです。イベントや講座の内容にもよりますが、姿勢がいい方は100人に1人と言ってもいいのではないでしょうか。そんな中、背筋がすっと伸びているだけで、目にとまるものです。
そして、受講態度。一対一の場合と違い、見られている意識がないので、素の状態や弛緩した状態で話を聞いている方は多いものです。受講態度ひとつで、自分は見られていることにも意識が向いていると示せるのです。
熱心に聴いてくれる方は、話す側にとってはとてもうれしい、ありがたい存在です。自然とその方のほうを多く見ながら話をすることにもなります。たとえ会場に100人いても、きちんとそこで一対一のコミュニケーションを成立させることはできるのです。
また、熱心な受講態度は、話す側に好印象を与えるだけでなく、一人ひとりの態度によって全体の雰囲気がつくられるわけですから、「場」自体への貢献でもあります。つまり、全体のことを考えて場をつくれる人間だということのアピールにもなるのです。
ですから、「姿勢」と「受講態度」にはしっかり気を配りましょう。そのうえで、講座終了後に話しかけてご挨拶をし、監訳のお願いをしましょう。ただし、長々と引き止めてしまうことがないようにしてください。相手はお忙しいでしょうし、次のお仕事への移動もあるかもしれません。そんな時に自分の用事で時間をとろうとする人は迷惑ですし、印象も悪くなります。1、2分ですませるようにしましょう。
自己紹介と、翻訳を勉強していること、どうしても自分が手がけたい原書があること、監訳をお願いしたいことをお伝えします。その際、厚かましいお願いであることは重々承知のうえであることも忘れずに申し添えてください。
この短時間では十分に説明することはできないでしょうから、同じ内容の手紙も、必要な資料一式と一緒にお渡ししてください。
そうすると……
たぶん、変な人だと思われます(笑)
だって、そんなことを頼んでくる受講者なんて滅多にいないでしょうから。ただ、ここが肝心なのですが、世の中には「厚かましい要求をしてくる変な人」はたくさんいても、「きちんと準備をしたうえで相手のことを考えて提案できる変な人」は意外と少ないものなのです。
それに、あなたが姿勢と受講態度で信頼に足る人間だということを示せて、受講時間中に一対一の関係をきちんとつくれていれば、目を通してくださるでしょう。監訳を引き受けてくださるかどうかはお仕事の状況にもよるでしょうが、何かしらのアドバイスはいただけると思いますよ。
少なくとも、変な人として覚えていてはくださるでしょうから(笑)、何かのご縁のきっかけにはなるでしょう。もともと失うものもないのですし、やってみてはいかがでしょうか?
※この連載では、読者の方からのご質問やご相談にお答えしていきます。こちら(私の主宰する日本読書療法学会のお問い合わせ欄になります)からご連絡いただければ、個別にお答えしていくほか、個人情報を出さない形で連載の中でご紹介していきます。リクエストもあわせて受け付けています。