第57回 ペンネームは必要?
今回の連載では、いただいたこちらのご質問にお答えします。
「ペンネームは、あったほうがいいのでしょうか?」
作家の場合と比べて、出版翻訳家にはペンネームを使う方は少ないでしょう。私も、最初の翻訳書を出したとき、ペンネームにする発想はまったくありませんでした。もし最初の本がハーレクインロマンスだったらペンネームにしようと思ったかもしれませんが(笑)、認知症ケアの本でしたし。
その後に出した本も、ジャンルこそ違うものの、テーマや在り方は通底すると思っています。読者の方が訳者名で検索した際に他の本と出逢っていただけたらとの思いもあり、いずれも名前を変えていません。
名翻訳家として知られる東江一紀さんは、小説は本名で手がける一方、ノンフィクションやビジネス書には楡井浩一というペンネームを使っていらっしゃいました。さらには、菜畑めぶきや河合衿子という女性名までも……! ご自身の中で気持ちの切り替えがしやすいという面もあったのでしょうが、作品によっては女性の翻訳家のほうがしっくりくるなど、イメージに合わせて対応されていたのですね。
「デビューすらしていないのに、企画書を持ち込む段階でペンネームをつけるなんて」と思うかもしれませんが、ペンネームを使うことで心理的にプラスの効果もあるのではないでしょうか。たとえばSFをやりたい、恋愛小説をやりたい、という目標があるなら、それに合ったペンネームをつけてしまうのです。人間には、形から入ることで、心が引っ張られていく性質があります。ペンネームにふさわしい行動をとるようにおのずとなっていくのです。自信が持てないタイプならなおのこと、名前を変えることで心理的な壁を乗り越えやすくなるかもしれません。
さらに、珍しいペンネームをつけることで、相手に覚えてもらえる効果もあります。編集者さんは多くの方にお会いする仕事柄、一度お会いしても覚えてもらえることは期待できません。だけど珍しいペンネームなら、印象に刻まれますよね。これはプロフィールをつくる延長といえるでしょう。
もうひとつ、おまけの特典が。ある方が初めての翻訳書を出版される際、こんな心配をされていました。「この先離婚するかもしれないし。旧姓にしておいたほうがいいかしら」。ペンネームなら、この心配もいりません(笑)
いろいろとメリットもあるペンネーム。どんな名前をつけるか、考えてみるのも楽しいかもしれません。
※この連載では、読者の方からのご質問やご相談にお答えしていきます。こちら(私の主宰する日本読書療法学会のお問い合わせ欄になります)からご連絡いただければ、個別にお答えしていくほか、個人情報を出さない形で連載の中でご紹介していきます。リクエストもあわせて受け付けています。