第56回 読者インタビュー~岸山きあらさん 後編
第55回に引き続き、この連載の読者で、この春に下訳で出版翻訳家デビューすることになった岸山きあらさんからお話を伺います。出版社に企画書の持ち込みをしてみてのご感想や今後のお仕事について伺いました。
寺田:原書を探して持ち込みもされましたが、実際に持ち込んでみていかがでしたか。
岸山:趣味で長年続けているバレエの本を持ち込みました。出版翻訳の勉強がてら 、趣味と実益を兼ねてAmazonでバレエ関係の洋書を取り寄せて読んでいて、中にとてもいい本が数冊あったのでぜひ日本のバレエ愛好家に紹介したいと思ったんです。持ち込みの時はすごく緊張していたのですが、編集者さんが親身に聴いてくださってうれしかったです。ただ、私は「この本が好きだ」という思いが強くて、そればかりアピールしてしまい、本を売る側の視点が欠けていました。持ち込んだ二冊の本のうち一冊は分厚いもので、私にとっては全部大切なので全部訳して辞書のように使ってほしいと思ったのですが、編集者さんからは厚すぎるといわれました。原書はバレエ愛にあふれた本当にいい本なので、私のプレゼンがまずくて企画がお蔵入りになるのはもったいなく、たとえばコラムだけを抜粋して一冊にするとか章ごとに別冊にするとか、もっと手を変え品を変え、出版業界の実情を考えた提案をできるようにならなくてはと思いました。また、当日は企画書に沿って話すつもりでいたのですが、編集者さんからは「企画書に書いてあることは読めばわかるので、実際に本を読んでみての感想などを教えてほしい」といわれて戸惑ってしまいました。企画書通りに進めるものではないんですね?
寺田:それは編集者さんによって違うと思いますよ。企画書通りに説明を聞いてから、という方もいらっしゃるでしょうし。個人差があると思います。
岸山:そうなんですね。そういう進め方の戸惑いはありましたが、一度やってみたことでイメージがつかめたのはよかったです。
寺田:この連載でお伝えしている内容で役立ったことやこれまでに知らなかったことがあれば伺いたいです。
岸山:学校では仕事の始め方は教えてもらえないので、持ち込みの仕方などが役立ちました。編集者さんのインタビューなど、編集者さんの視点を教えていただけるのも参考になります。また、売り方についても、文脈をつくって関連づけるなど、「この工夫やアイデアは自分にも活用できるな」と勉強になりました。
寺田:音楽ではピアノにヴァイオリンも 演奏されていますよね。クラシックバレエ歴も約20年と造詣が深くていらっしゃいますが、今後はどのような分野での翻訳を考えていらっしゃいますか。
岸山:実は最終的な目標は小説の翻訳なんです。恋愛絡みのミステリを手がけられたら、最高ですね。
寺田:小説をやりたいという方はやはり多いですね。
岸山:はい。新人にはハードルが高いので時間がかかるとは思いますが……。
寺田:近道があるので、今後の連載でお伝えしますね。
岸山:それはぜひ。小説以外にも、音楽やバレエはもちろん、その他趣味の実用書などの翻訳も、手がけていきたいです。特にバレエは日本ではお稽古事としてしか認識されていなくて、クラシック音楽と比べると芸術として扱われる度合いが少ないようで、書籍もまだまだ少ないと感じます。だから海外のいいバレエの本をどんどん紹介していけたらうれしいです。先ほどお話した、出版社に持ち込んだバレエの本も、実用的でためになる本で、私のバレエ愛好家仲間たちから出版を待望されていますので(笑)、今後もチャンスがあれば出版に向けてアピールしていきたいです。
寺田:それは楽しみですね。英語もフランス語も、どちらもお仕事として手がけていかれるのでしょうか。
岸山:いまはまだ自分の中でフランス語のほうは英語に比べると勉強中の感がありますが、ゆくゆくはどちらもやって、二本柱にできればと思っています。
寺田:両方できると、原書探しも幅が広がりますよね。英語で見つけた原書が、オリジナルがフランス語だった、というケースでも対応できますし。
岸山:そうですね。そういうメリットはあると思います。
寺田:読者の方の中には、岸山さんよりもう少し手前の段階の方が多いのではと思います。ご自身のご経験から、出版翻訳家を目指す読者の方へのアドバイスをお願いいたします。
岸山:きっと読者の方のほうが私よりもずっと先輩なのではと思います。なので若輩者の私がアドバイスなんておこがましくてとてもできませんが、過去の自分を振り返ってということでしたら、もっと早くに始めておけばよかったと思います。私は通信よりも通学のほうが向いていたので、早く通学して、いい先生に早く出逢っておけばよかったなあ、と。回り道も糧ではありますが、近道できたのではという思いもあります。だけど、その人にとっての正しい努力を正しく続ければ、道が拓けると思っています。
寺田:まずは下訳でデビューされますが、初めてのお仕事はいかがでしたか。
岸山:3人で分担しての翻訳で、1人あたり70 ページ程度を3か月かけて翻訳したので、余裕がありました。200ページ超をひとりでやっていたら大変だったと思います。
寺田:よいかたちのデビューだったのですね。今後はどのように活動していかれますか。
岸山:教室に通って勉強を続けるかたわら、他の翻訳書のトライアルも受けつつ、手がけたい原書があるので持ち込みを続けていこうと思います。昨年冬にカナダに旅行して、現地書店でたくさん面白そうな原書を買って帰りました。小説から小ネタ読み物系、ピアノ演奏に関する専門書まで、色々買いました。まだ読めていないのですが、読んでまた次の企画案を練りたいです 。
また今回の下訳のお仕事の後にリーダーのトライアルを受けて合格したので、依頼があればお仕事としてのリーディングもどんどんやっていきたいと思います。
今回運よく下訳のお仕事ができましたが、だからすごいということは決してないと思っています。世の中で出版されている翻訳書には、文章としてとても読みやすいものもあれば、単語と単語をつなげてなんとか日本語にしただけのようなものもあると感じます。とにかく翻訳書を出せればそれでいい、じゃなくて、日本語として読みやすく、原文の魅力を伝えられるような翻訳ができることを目指して、これからも勉強していきたいと思っています 。
寺田:今後のご活躍が楽しみですね。本日はありがとうございました。
音楽やバレエなど、長年続けてこられた趣味のおかげで、ご経験に基づく深い知識をお持ちの岸山さん。培ってこられたものを活かしてこれからどんな作品を手がけていかれるのか、拝読できるのを楽しみにしています。
※この連載では、読者の方からのご質問やご相談にお答えしていきます。こちら(私の主宰する日本読書療法学会のお問い合わせ欄になります)からご連絡いただければ、個別にお答えしていくほか、個人情報を出さない形で連載の中でご紹介していきます。リクエストもあわせて受け付けています。