TRANSLATION

第54回 出版業界は、ひとつ?

寺田 真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

「本が好きだから、出版翻訳家になりたい」

そう思っている方も多いことでしょう。だけど、「本」とは、どんな本を指しているのでしょうか。純文学、恋愛小説、ミステリ、実用書、自己啓発書、ビジネス書、専門書、エッセイ、児童書、絵本、それとも……?

「本」といっても、その世界は実に幅広く、それぞれの分野によって関係者の考え方や雰囲気はまったく違うのです。

これは、英語の世界についてもいえるかもしれません。たとえば、「英語ができるなら、通訳も翻訳もできるでしょう」などという方がいますが、通訳と翻訳ではまったく別の仕事です。そして翻訳の中でも、出版翻訳と産業翻訳、字幕翻訳ではまたそれぞれ違います。

あるいは、外食産業だってそうでしょう。ファーストフードとレストランでは別物ですし、レストランの中でも和食と洋食、中華、エスニックなど、それぞれに分かれています。その中でもまた、価格帯や地域などによってさらに細分化されていくわけですね。

このように、ひとつの業界に見えていても、その中はかなり細かく分かれているものです。出版業界も例外ではありません。自己啓発の分野のベストセラー作家さんを文芸の分野の編集者さんがまったく知らなかったり、逆に、文芸の分野では大注目の小説の作家さんを実用書の編集者さんは聞いたこともなかったり、ということがあたり前にあるのです。

私も、自分が出版業界に関わるようになるまでは知りませんでしたが、細分化されたそれぞれが別世界ですし、「越境」も難しいものです。たとえば、絵本『なにか、わたしにできることは?』の持ち込み先を探したときも、すでにお付き合いのあった出版社は「うちは絵本はやっていないし、知り合いもいない」と、まったく伝手が見つかりませんでした。

また、それぞれの世界で本に関する考え方もかなり違います。私は当初、出版関係の知人の中にビジネス書方面の方が多く、そこでは本を「商品」としてとらえる考え方が主流でした。その世界では、「初速」といって出版直後の本の売れ行きを重視します。そして「買ってくれた人にはこんな特典をつけます」という各種のキャンペーンを積極的に行います。

もちろん、本は読者に読んでもらってこそのものですし、そのために働きかけることも大切です。最初から売れ行きがいいに越したことはありません。だけど私にとって、本とは「読者の人生に長年にわたって影響を与えるもの」なので、「商品」としてばかり捉えることに違和感を覚えました。

そこで少しずつ文芸よりに活動領域をシフトしてきたのですが、文芸のほうでは時間軸がまた違います。何年もかけて読者に深いところで届く作品を書くことが評価される世界です。

どちらがいい、悪いではなく、どちらが自分の価値観に合っているか、見極めることが大切です。出版業界はひとつだと思わないこと。細分化されたそれぞれに違う価値観や評価基準があるのだと知って、自分に合ったところを見つけるようにしてくださいね。

 

※この連載では、読者の方からのご質問やご相談にお答えしていきます。こちら(私の主宰する日本読書療法学会のお問い合わせ欄になります)からご連絡いただければ、個別にお答えしていくほか、個人情報を出さない形で連載の中でご紹介していきます。リクエストもあわせて受け付けています。

Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
『虹色のコーラス』(西村書店)
『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

『うつの世界にさよならする100冊の本』(SBクリエイティブ)
『日日是幸日』(CLC)
『パーソンセンタードケア講座』(CLC)

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