第49回 出版翻訳家インタビュー~夏目大さん 後編
第48回に引き続き、出版翻訳家の夏目大さんからお話を伺います。
寺田:翻訳学校では、いちばん上のクラスにあたるゼミクラスを担当していらっしゃいますよね。授業はどのように進めているんですか。
夏目:私は余計な話多めです(笑)。本当は余計とは思っていないですけど、一見、余計に思えるかもしれない話ってことですね。課題文は一応、あるんですが、それを見ていて思い出したことをあれこれしゃべるんです。生徒さんも慣れているので、脱線し始めるとどこだったか覚えていて、「あれ、どこまで行ったっけ?」となると「ここまでです」と教えてくれることもあります。「ああ、そう、ありがとう」と戻る。みんなでつくる授業です。
寺田:みんなでつくる授業、いいですね(笑)
夏目:最初の一行だけで30分くらいしゃべってたりしますし。
寺田:苦情は出ないんですか(笑)
夏目:長年やっていると、そういう人は来なくなるんですかね。幸い、出ません(笑)。前半はしゃべりたいことをしゃべって、後半は駆け足で、「何か訊きたいことありますか? あったら今のうちに」って。そうなりがちですね。必ずしもそれが一番いいと思っているわけではないですが。
寺田:生徒さんの自主性を引き出す授業ですね。
夏目:受ける側に自主性がないと、得るものは少ないかも。つつけば出てくるけど、つつかないと出てこないタイプかもしれません。申し訳ないですけど。それでいい、と開き直っているわけではないのですが、そういうふうになりがちですね。修正する努力はしていますが。もちろん、訊かれたことには最大限、がんばって答えます。
寺田:生徒さんに「仕事を紹介してもいい」「下訳を任せてもいい」という判断基準はどこにあるのでしょうか。
夏目:私は下訳を頼むことはないんです。自分でやるか、やってもらうかです。仕事を紹介することはありますが、誰を選ぶかというのは難しいんですよ。ゼミクラスというのはいちばんレベルが高いので、来ている生徒さんは力がある人ばかりなんです。そうなると普段から話をしている気の合う人に頼みがちになりますね。たとえば、一緒にランチをしていて「そういえば、こういう話があるんだけど」という具合に。
寺田:それだとどうしても相性のいい生徒さんにばかりお仕事が回ることになりませんか。
夏目:突出した実力のある人がいれば、たとえ一度も話をしたことがなくてもその人に頼みますよ。実力が第一です。もちろん、「人としてどうなんだろう」と思うようなことがあれば別ですが。幸い、今のところ人格的にいい人しかいないんです。歴然と実力差があればできる人に頼みますが、実際にはその差は曖昧なんですよね。だから、よく一緒にいる人に頼むんです。そのほうが他の人も納得しやすいと思うんですよ。「ああ、あの人には頼みやすかったんだな」と思えるでしょう? よく一緒にいる人も、気が合うなと思って一緒にいるのか、チャンスをうかがって熱心に近くにいるのかはわかりませんが、後者であったとしても、私はそういうの好きなんです。それはそれで見上げたものじゃないですか。根性要りますからね。
寺田:お仕事に結びつかないまま長年通い続ける生徒さんは、つらくならないか気になってしまうのですが……。
夏目:それが、結構自分で何とかしちゃうんです(笑)。「出版しました」と翻訳書を持ってきてくれて、「先生のおかげです」って。正直、「何かしたかなあ」という感じですが、そう言ってくれるので、「そうかあ嬉しいなあ」って……(笑)。自宅の部屋の本棚でも、生徒さんたちの翻訳書が大きなスペースを占めています。
寺田:それだけの方が実際に本を出されたというのはすごいですね。
夏目:中には、4、5年くらい通う生徒もいます。それだけ長く通っていると、やっぱり力がその分、ついて来ます。それにもちろん、こちらとしても嬉しいから応援したいと思いますね。私のところは、クラスの性質上かもしれませんが、ものになる人、多いです。最初はそれほどでもなくてもコツコツとやるのが得意で最終的にうまくいく人もいれば、翻訳は最初からとてもうまくても、家にこもって地味な作業を延々続けるのが無理でやめてしまう人もいるし……最終的には、時間に判断してもらうしかないですね。私の判断ではわからないです。だから、あえて判断しないようにしていますね。
寺田:夏目さんご自身が出版翻訳家になられるまでの過程をnoteで「思い出すことなど」として綴っておられますよね。SEから翻訳家に転身される過程で、「摩天楼はバラ色に」を見て「未経験の人間が認められて、成功するには、普通のことをしていてはだめだ」と考えたエピソードなど、発想も興味深く拝読しました。この過程を読むのもとても参考になると思いますが、他にもこれから出版翻訳家を目指す方へのアドバイスを伺えれば幸いです。
夏目:できることは色々あると思います。自分の翻訳を見てもらう機会をつくるのもひとつの方法かも。たとえば、ですけど、著作権が切れた本を自分で翻訳してnoteでアップしていくとか。マンガを描く人がpixivで発表するように、発表の場をつくって自分の訳文をアピールすることはできます。また、トライアルやコンテストも、確率は低いですが、受けて損はないです。受けないよりは確率が上がるわけですから。編集者が集まる場に出かけていくというのもありますね。
寺田:この連載では原書の持ち込みを提案しているのですが、生徒さんに持ち込みは勧めないんですか。
夏目:他に何も思いつかなければ、どんどんやるべきだと思います。簡単にはうまくいかないけれど、じっとしているよりはずっといい。私自身はあまりやっていないので説得力はないかもしれませんが。私にはあまり向いていないのかな、と思います。どうもプロデュースよりも圧倒的に実作業に向いているタイプのようなので。時間があったら、それは本を探すことではなく、訳すことに使いたいんです。本を探すことは編集者のほうがうまいと思いますよ。フランクフルトのブックフェアなどに出かけたりするわけですし、翻訳エージェントからも色々と情報がもらえるわけですし。情報量が断然多いと思うんです。もちろん、偶然見つけたらそれはアピールしますけど。私がこれまで自分で持ち込んだのは2冊だけで、『シェーキーの子どもたち―人間の知性を超えるロボット誕生はあるのか』と『超訳 種の起源―生物はどのように進化してきたのか』です。種の起源はすでに翻訳書が出ていたのですがどうしてもやりたくて、縮約版をつくることを提案しました。でも、言葉は悪いけど、基本的に私は殺し屋みたいなタイプなんです。
寺田:というと?
夏目:その人に何の恨みもないけど、頼まれたら見事に殺す、みたいな(笑)。
寺田:なるほど(笑)。どんなお仕事でも、頼まれたら見事に訳すんですね。小説の翻訳のお話が出ましたが、手がけられた『6時27分発の電車に乗って、僕は本を読む』を拝読しました。小説の世界観も、翻訳のテイストもとても好きです。ビジネス書や学術書では、夏目さんのこの翻訳は味わえないと思います。ビジネス書だと、いくら翻訳がよくても、「この人の翻訳で他の作品を読みたい!」という感じにはあまりならないんです。だけど小説は「この人の翻訳で」と思うんですよね。本書の著者ジャン=ポール・ディディエローランは次の長編小説“The Rest of Their Lives”を出版していますが、こちらもぜひ夏目さんの訳で拝読したいです!
夏目:ありがとうございます。
寺田:今後は文芸翻訳も積極的に手がけていかれるのでしょうか。
夏目:やりたい、とはいつも思っています。また何か頼まれれば嬉しいですね。自分からも実現のため継続的に動いてはいます。
寺田:それは楽しみですね。最後に、新刊のご紹介をお願いいたします。
夏目:『Think CIVILITY』は、ありがたいことに重版が続いています。これで知ってくださる方が多いですね。あとは話題になったのは『タコの心身問題』でしょうか。『6時27分発の電車に乗って、僕は本を読む』も、良かった、好きです、という感想をよくいただきます。
寺田:それぞれに読者層がまた違うのでしょうね。『6時27分発の電車に乗って、僕は本を読む』は、本好きな方は反応するでしょうし。今後は文芸方面でのイベントも予定されていると伺いました。
夏目:2020年1月23日(木)に「101年目のサリンジャーの魅力」というイベントに登壇します。サリンジャー好きの翻訳家の立場から魅力を語る、翻訳家の上原裕美子さんとの対談形式のトークイベントです。よろしければぜひお出かけください。
寺田:そちらでもまた楽しいお話が伺えそうですね。ありがとうございました。
『Think CIVILITY』は、私も認知症ケア関係の講座をつくる際にとても参考にさせていただきました。その翻訳を手がけた夏目さんが、まったく別ルートで知った『6時27分発の電車に乗って、僕は本を読む』の翻訳家と同じ方だと気づき、ぜひお話を伺いたいと思った次第です。進化論からクラスのご様子まで、夏目さん、楽しいお話をありがとうございました!
※夏目大さんの最新情報はnoteをご参照ください。
※この連載では、読者の方からのご質問やご相談にお答えしていきます。こちら(私の主宰する日本読書療法学会のお問い合わせ欄になります)からご連絡いただければ、個別にお答えしていくほか、個人情報を出さない形で連載の中でご紹介していきます。リクエストもあわせて受け付けています。