第39回 原書をどうやって探すのか②
第38回の「シンクロニシティ選書術」に引き続き、原書探しにも応用できる選書術をご紹介します。
②「同質の原理」選書術
心理学では音楽療法に「同質の原理」というものがあります。たとえば、落ち込んでいるときには、あまり元気な曲よりも、静かな曲のほうが心に寄り添ってくれます。逆に、元気なときには静かな曲よりもアップテンポの明るい曲を自然と聞きたくなるものです。このように、自分の状態に合ったものを好みますし、そういう曲を聞くことで心が癒されていきます。
同じように、どんな本を選ぶかで自分の精神状態も見えてきます。落ち込んでいるときはやはり暗めのトーンのものや重い内容のものを手に取っていますし、気力が充実しているときは積極的な内容のものを手に取ります。また、疲れていると文字が少ないものや漫画など読むのが楽なものを選びがちです。
読者を煽ってやる気にさせるタイプの自己啓発書などは、元気なときなら刺激を受けて頑張ろうという気になれますが、疲れているときに読んでも余計に疲れを増幅させるだけでしょう。自分の精神状態に合ったものを取り入れることが大切です。
原書選びでこれを応用するなら、自分の精神的なトーンや性格に合ったものを選ぶということです。たとえば太宰治の作品を愛読している人がハイテンションな営業の本を翻訳しようとしてもつらいでしょうし、逆にラテン系の明るい性格の人が内省的な小説を訳そうとしてもつらいでしょう。
また、語り口なども考えてみましょう。ぽつりぽつりと語るのが好きな人が饒舌な文章を翻訳しようとしても、自分の身体感覚とのズレがあるのでしっくりこないのではないでしょうか。饒舌な人なら、普段の自分のおしゃべりの延長のように翻訳できるでしょうし、逆に、淡々とした語り口は訳しづらく感じるのではないでしょうか。
自分に合っていれば入り込んで翻訳できるので、翻訳に伴うストレスも軽減できるはずです。本を手に取ってパラパラとめくってみて、文章のリズムや一文の長さなど、著者の呼吸を感じ取ってみてください。
翻訳をすることは、著者や登場人物を自分の中に住まわせることでもあります。だから、あえて「自分に取り入れたい要素を持っている作品を選ぶ」ことで、翻訳をしながら性格まで変えていくことも考えられます。たとえば、「自分は決断力がなくていつもチャンスを逃してしまう」と悩んでいるなら、「判断に迷いがなくて、次々にチャンスをつかんでいく主人公」の作品を選んでみる。あるいは、「人の欠点ばかり目についてしまう自分の性格がいや」ならば「人のいいところを見つけ出して輝かせるのが得意な主人公」の作品を選んでみる、という具合です。
翻訳を通して著者や登場人物とある程度長い期間付き合うのですから、その時間が豊かなものであるように選んでいきたいですね。
もうひとつ、ビジュアル重視の原書選びについては、次回の連載でお伝えします。