第9回 出版翻訳する価値があるかを見極める
「これは」と思う原書が見つかったら、熱い気持ちをひとまず抑え、クールな頭でこう考えましょう。
「この本を出版翻訳する価値があるの?」
原書への思い入れが強いと、「早くこれを翻訳して世の中に届けたい!」と思ってしまいます。だけど出版翻訳したとして、本当に読者がいるのでしょうか? 世の中に新しい価値を提供できるのでしょうか?
たとえば、料理の本を翻訳したいと思って、気に入った原書を見つけたとします。だけどそれが芸術的な料理を眺めるための写真集で、原書のままで楽しめるとしたら、翻訳のニーズはないですよね。
あるいは、調理法についての本で、関連書がすでに多数出版されていたら、やはり翻訳のニーズはないでしょう。けれども、その調理法の最新事例を網羅しているなどの新規性があれば、ニーズはあるでしょうし、関連書が多いことも市場があるという裏づけになりますよね。
翻訳したとして読者がいるだろうか、自分だったら読みたいだろうか、いまの世の中に提供できる価値があるだろうか……と考えてみてください。
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』も、原書は刊行時に取り寄せていたものの、翻訳を検討したときには10年ほど経過していました。だけどその時点で読んでも、内容がまったく古くなかったのです。「10年たっても陳腐化しないものなら、今後10年は読み続けてもらえるだろう」と考えたことが、翻訳する背中を押してくれました。
最新の技術に関する本などは、どうしても陳腐化するのも早いものです。もちろん、最新情報を読者に届けるのは意義のあることですが、翻訳のために注ぐエネルギーを考えたとき、「今後10年、20年たっても価値が損なわれずに読んでもらえる」という、時間軸に耐えられることもひとつの指標になるのではないでしょうか。
そのうえで何より大切なのは、自分がその原書に惚れ込めること。
一冊の本を訳して世の中に送り出すのは、本当に大変です。「こんなに大変なのか……」「こんなに手がかかるのか……」ときっと思うはず。エネルギーもものすごく消耗します。それを乗り越える力になるのが、原書への愛情です。それだけの気持ちを持てるものを見つけてくださいね。