Vol.55 字幕翻訳の極意②
【プロフィール】
森田由美 Yumi Morita
多くのクライアントから非常に高い評価を受け、テンナインとのお付き合いも10年以上となる英日翻訳家の森田さん。ここ数年は、字幕翻訳案件を中心にご依頼していますが、森田さんは独学で字幕翻訳を習得されたそうです。字幕翻訳の秘訣と、最近の字幕翻訳案件の動向について翻訳部の松本と木村がオンラインでお話を伺いました。
【インタビュー記事Part2】(※>Part1はこちら)
字幕翻訳の経験
ーー:森田さんはこれまでどのような種類の産業字幕翻訳のご経験がございますか?そのなかで変わったものはありましたか?
森田:多いのはウェビナーやセミナー、外資系企業での役員向け戦略などを説明する経営者メッセージです。他には新商品の発表会や、著名人のスピーチ、エンタメでは、アニメの登場人物のセリフなどもありました。
ーー:特に難しかったものや、記憶に残っているものはありますか?
森田:一番悩んだものは、著名人のスピーチです。私が引き受けた時には既にテレビや新聞、ネットでも訳が何種類も出回ってしまっている状態でした。既に出ているもののなかには正しくない翻訳もありましたので、参考にするけれど完全にコピーはせず、ほかの訳と被らないようにしながら正しく訳すというのが大変でした。
既約版の著作権はその方にあるため、訳の重複を避けるために出回っているものを全部チェックしました。動画自体は2~3分でしたが、訳し始めるまでに時間がかかった記憶があります。
今その動画は、誰もが見られるようになっているので、多くの方に知っていただけて嬉しいです。誰にも言えないながら、誇りに思っています。
ーー:やはり動画はメディアツールとしてとても強力です。映像と言葉を組み合わせることで効果的に伝える力があり、そのパワーには本当に驚かされます。
森田:そうですね。広がり方が全然違います。翻訳者の成果物を、翻訳者自身もほとんど見ることはありません。特に社内向け文書は、最終的にどうなったのかは私たちには全く分かりませんが、動画であれば、場合によっては自分でも見られるし、SNSで拡散されて、再生回数が伸びていると嬉しいですね。
新たな字幕翻訳の需要
森田:時代と共に翻訳するものが紙の上に書いてある文字だけではなくなってきているように感じます。最近は字幕も増えていますが、ボイスオーバーにしたいというケースもあります。近頃は様々なものに音声チャット機能がついているので、AIスピーカーや家電が喋るセリフを訳してほしいなど、翻訳の裾野の広さを感じます。
ーー:さらに飛躍してメタバースや仮想現実にも需要がありそうですね。
森田:あると思います。通訳もあるかもしれない。だからこそ、字幕は初めてだから出来ないなんて思っている場合ではないですよね。
字幕翻訳の留意点
ーー:産業字幕翻訳で注意すること、コツや気にかけている点は何でしょうか?
森田:やはり全部は訳せないということです。一番伝えたいことは何かを読み取って、それを核にして、周りに情報を足せるだけ足すということを意識しています。
普通に英文和訳する感覚で訳してしまうと、文字数が溢れてしまうので絶対に避けるべきです。訳す前にセリフを聞いて、お客様の伝えたいことを自分の中で定義してから、それを短い言葉で言い直すのが良いと思います。字数制限は設けないが短めに訳してくださいというオーダーがあるときは、お客様にとっての「短め」が何を意味するのかを考えてから訳します。私が思う「短め」を基準にしないいうことを大切にしています。
ーー:以前、医療機器のトレーニング動画の字幕依頼をいただいたのですが、その商品名がとても長かったので、それ見たときに、これはどのように訳すのか気になりました。ハコ割りも結構短いので、どこをカットするのかと思った記憶があります。
森田:商品名が何回も出てくる場合は、毎回繰り返さなくてもいいですよね。
ーー:そうですね。これはトレーニング動画というのを分かって視聴者は見るので、そこは思い切ってカットして、重要なところだけを残します。場合によっては申し送りを頂いて、そういったコミュニケーションを取りながらつくっていくものですよね。
森田:申し送りは強く推奨します。直訳出来ないところやかなり意訳が必要な部分もあるので、「直訳するとこうです」という申し送りを入れておきます。あとはキャッチフレーズやタイトルなど直訳しても意味を成さないものは、一番直訳に近いもの、伝わりやすいものなど、何種類か提案することもあります。
文字数との戦い
森田:やはり悩むのは文字数の問題です。字数制限があれば、もちろん制限内に収めようとしますが、字数制限は設けないがらも極力短めに訳す必要がある依頼は逆に苦労します。
ーー:「出来る限り短めの訳文」というのは「極端に長い訳文でなければOK」という認識でいいと思います。産業字幕の場合は、一般の方々ではなく、その業界や分野に詳しい方々が見るので、許容範囲が広く字幕の短さより情報をちゃんと正しく載せることが重要に感じます。
また、シンポジウムやウェビナーなどは、スピーカーがカメラに向かって話しかけている画面がほとんどで、画面の入れ替わりが少ないので、字数が多くても問題ないように感じます。
森田:そうですね。
ーー:その他に字幕翻訳で苦労されていることはありますか?
森田:やはり常に文字数との戦いです。長い文章は2つに分け、1つの文章でも20文字は超えない程度に収めて、且つ団子が均等にできるように。
団子というのは、例えば「私は / 3月3日にロンドンで開かれた会議に参加しました」という文章では、前がすごく短くて後ろが長いので上手く入りません。通常字幕は2行にするので、バランスが悪い場合、要素を前に移動させます。「3月3日にロンドンで」が前半で、「開かれた会議に出ました」を後半にすると、10文字10文字で、動画に載ったときにぴったりと2行になります。
ーー:もし文字数でどうしても煮詰まってしまった場合、どのように打開されるのですか?
森田:語尾の調節でなんとかします。「~することが必要です」の場合「必要」はいらないので、「~するのです」とします。あとは”must”や”have to”のような助動詞系を「~しなければならない」とすると長いので、詠嘆調にする。「今すぐ変革しなければならない」ではなくて、「今すぐ変革を」にした方が短くなります。
ーー:感情のこもった言い回しですね。
森田:どういう感情で言っているかを正しく掴むことが大前提なんですけど、そこが掴めていれば意外と日本語って融通が利く言葉なので、語尾のニュアンスでお願いか命令かがわかります。そういうニュアンスの出し方って沢山あるんです。
主語もなくて良いです。多分1本の動画で1回くらいしか私は主語を使わないですね。悩むのはやはり長い名詞ですね。カタカナ語はアルファベットを使って省略することが多いです。
今後の字幕翻訳
ーー:最前線の翻訳者として今後翻訳の需要が増加する可能性があるものはありますか?
森田:動画の字幕以外にも、音声関係などが増えていくと思います。字幕も今のやり方ではなく、もっとスピーディーに出来る方法が出てくるのではないかと思います。今使われているSSTも、クラウドで出来るようなツールが他に出てきて、ハコ割りもある程度自動的に作業を進めるようになるかもしれない。
ーー:例えばロシア語の動画を自動翻訳で英語に出力してくれたら有難いですね。
森田:その程度のことはすぐに出来そうです。字幕から機械翻訳にかけて他の言語にリアルタイムで出すことは出来ると思います。英語から日本語の口語はまだまだ難しいと思いますが…。技術を積めば、翻訳者と機械の力を借りながらもっと素早く便利に出来る方法があると思います。
字幕翻訳に挑戦する方へメッセージ
ーー:では最後に今後字幕翻訳に挑戦してみたいと考えている方々にメッセージをお願いします。
森田:産業字幕は今需要が増えている分野であり、この後も増え続けるので、既に翻訳の仕事をされている方は、使える道具を増やすという意味でも字幕翻訳に挑戦されてみてもよいのではないでしょうか。字幕専門ではなくても、普段やっている仕事の延長線上で字幕の需要が出てきています。尻込みせずに挑戦してもらえればと思います。
ーー:余談ですが、NBA選手のインタビューをとても上手に翻訳しているYouTuberの方がいました。その翻訳はメッセージの核心部分を短くまとめつつ、余分な情報を削ることで自然に内容が頭に入ってくるものでした。これも一つの翻訳の仕事の在り方ですよね。スポーツに限らず「翻訳してみました」のようなYouTubeチャンネルも存在するので、翻訳者とYouTuberの両方を兼ねる職業が新たに生まれているのかもしれません。森田さんはどうお考えでしょうか?
森田:その方々は好きでやっているのではないでしょうか。バスケの翻訳動画を出されているの方もおそらく趣味の延長線上で取り組んでいるかと思います。趣味を超えて仕事にもなり得ますし、新たな才能を発掘できるかもしれません。
ーー: 長時間のインタビューにお付き合いいただき、ありがとうございました。