TRANSLATION

Vol.55 字幕翻訳の極意①

ハイキャリア編集部

翻訳者インタビュー

【プロフィール】
森田由美 Yumi Morita

多くのクライアントから非常に高い評価を受け、テンナインとのお付き合いも10年以上となる英日翻訳家の森田さん。ここ数年は、字幕翻訳案件を中心にご依頼していますが、森田さんは独学で字幕翻訳を習得されたそうです。字幕翻訳の秘訣と、最近の字幕翻訳案件の動向について翻訳部の松本と木村がオンラインでお話を伺いました。

変化の10年

ーー:前回の記事からもう10年以上経ちますが、この10年を振り返ってみていかがですか?

森田:あっという間でした。やっていることは10年前とあまり変わらないつもりですが、世の中が変わってしまうので。世の中の変化に合わせて自分も対応していかなければならない、そういう10年だったと思います。

ーー:一番大きな変化は何でしたか?

今の私の仕事の内容を説明しますと、1年間の内、3分の1くらいは実用書や専門書の翻訳をしており、それとは別に御社をはじめ実務翻訳も色々なお仕事をさせていただいています。

専門書は心理学、精神学、児童福祉、発達障害などがメインで、そこに大きな変化はなかったのですが、実務翻訳はどうしてもお客様のニーズに左右されます。10年前とは担当する業界が少しずつ変わっていているのかなと思いますね。
実務翻訳は、文書の性格で言いますとプレスリリース、マーケティング、レター、レポート、ブログ記事といったコミュニケーションに関わるもの、企業内の組織でいうと広報に関わるような文書を手掛けています。一度お仕事をいただいたお客様とは長く取引をさせていただくことが多くて、一度担当したお客様を連続で何年も受けることが多いです。そうはいっても、お客様のビジネスの浮き沈みで翻訳の需要自体がすごく変わった気がします。リーマンショックがあり、東日本大震災があり、パンデミックがあり、その度に担当するお客様が少しずつ変わってきているのかなと感じています。

時代の流れとの向き合い方

ーー:時代の流れやクライアント動向の変化により、苦労したことを教えてください。

森田:やはり新しいトレンドを調べていかないといけないことが一番大変です。何年か前にEUでデータ保護規則が新しくなったときには、どの企業でもそこに対応した文書が必要になって、突然各社の「プライバシーポリシー」を毎日訳す状況になるので、その年はその分野を勉強しないといけない。最近でいうと、「デジタルトランスフォーメーション」や「SDGs」ですね。背景にある知識がないと正しく訳せないので、常に今の世の中の動向を勉強していかないといけない、というのは大きいと思います。

ーー:最新のトレンドはどのように勉強されるのですか?

森田:本を読んだ方がいいというのはありますね。案件を担当する度にお客様から出来るだけ資料をいただくようにしています。参考になるものがあれば全部教えてください、ということは必ず伝えるようにしています。他には、ネットや新聞のニュース素材、官公庁の政府系のサイトがあればそちらも参考にします。そして時間がある時に、とにかく本を読む。あとは業界の勉強会に参加するなどして、知りたい分野の知識をつけるようにしています。

字幕翻訳に携わるきっかけ

ーーテンナインで「字幕翻訳といえば森田さん」というぐらい字幕翻訳をお引き受け頂いています。いつ頃から字幕翻訳を受けていらっしゃいますか?また、きっかけは何だったのでしょうか?

森田:おそらく10年前は産業分野の字幕翻訳というものはなかったと思います。記憶をたどると、8年ほど前に企業がSNSに動画を載せることができる機能がついたように思います。。最初はFacebookだったと思います。企業に限らず、ユーザーが短い動画を自分の投稿に紐づけて再生させることが出来るようになったのが、一番大きな変化でした。その頃にクライアントから、新しい商品の動画やプロモーションの短い映像をYouTubeに載せて、そこからFacebookに飛ばすような形で出したいと、字幕の依頼が来たのが最初でした。

そもそも字幕は未経験で、当時は字幕といえば洋画や海外ドラマのイメージでした。なので、字幕には特殊なスキルが必要で、スポッティング(※字幕のIN点・OUT点を打ち出す作業)のための専用ソフトを持っていないといけない、字数の制約などもあって、私には出来ないと思っていたんです。ただお話を聞いてみると、スポッティング専用ソフトは必要なく、ハコ割(※スポッティングと同作業)済の原稿を頂けて、字数制限もだいたいの制約しかありませんでした。それなら出来なくはないよな、と思って。何よりも世の中に字幕翻訳をやっている人があまりいなかったと思うんです。全く新しく登場してきたものだったので。やる人がいないなら、誰がやろうが一緒じゃないかと思ってお引き受けしました。句読点は使わない、鍵括弧も使わない、1秒4文字など、それこそ字幕に関する当たり前のルールを学ぶところから始り試行錯誤でしたね。周りに聞いても同じような経緯の人が多いので、最初は業界全体がそうだったようです。

字幕翻訳への挑戦

普通の翻訳とは形式が異なるので、始めた頃は効率が悪くて作業が全然進みませんでした。3回、4回も見直して納品していました。最初は短い動画が多かったですが、インターネット技術の進歩に伴い、どんどん動画が長くなっていきました。昔は長い動画だと読み込みに時間がかかって再生できないなんてあったと思います。それが改善されて、誰でも10分20分単位の動画をストリーミングで視聴できるようになってから、頂く動画が長くなっていきました。

需要が増えていく分野だというのは分かっていたので、スケジュールが許す限りは字幕案件をお引き受けするようにしました。やり続けていたら2019年を迎えたという感じです。やっぱり決定的に業界の需要が増えたなと感じたのは、2019年のパンデミックになってからでした。

ーー:テンナインもまさにそのタイミングで字幕のご依頼が増えました。

森田:そうですよね!

森田:2020年の4~5月のスケジュールを見直してみたんですけど、ヨーロッパとアメリカがロックダウンしていた時期は、字幕しかやっていないんですね。2か月間ずっと毎日ひたすら字幕をやっていた時期がありました。今はその頃よりは落ち着いてきていて。対面のイベントも増えてきているように思います。

クライアント側もオンラインの使い方が以前よりスマートになってきた印象です。最初の頃は突然人と会えなくなってしまって、予定していたセミナーなどを全部オンラインでやろうとしていたので、例えば1回60分の講演会を1日5本やるイベントがあったら、それを全部動画にして一人60分話す映像が5本と、膨大な字幕が発生していたんです。
それでは見る側も大変だとユーザーが気づき始めて、最近はコンパクトになってきたように感じます。

字幕翻訳家を志す人へ

ーー:森田さんは今ご自身では特にSST(※字幕制作ソフト「Super Subtitling System」)などの特殊なソフトを使ったり、ご自身でスポッティングの作業を引き受けていらっしゃらないんですよね?

森田:やっていないです。SSTも持っていないです。御社はそれで良いんでしょうか?私も全部やった方がいいのかなとも思ったり…。

ーー:理想としては、SSTを持っていてスポッティングも翻訳もできてというのがベストではあるんですけれども、ただ産業翻訳となりますと、翻訳対象分野の専門知識が優先です。医療・金融・マーケティングなど様々な分野の専門知識が出てくるので、なかなかリサーチだけでは難しいと思います。

我々としては、森田さんのように特定分野の文化や専門知識がある方に、字幕のルールを学んで、字幕翻訳に挑戦していただけるというのは非常にありがたいです。

産業翻訳の字幕は字数制限が厳しくなく、弊社では、スポッティング済の原稿をお渡しして作業を行って頂きます。また、ある程度は文字数を気にしながら字幕用に訳していただけるように、文字数が自動でカウントされる原稿ファイルをご用意して翻訳者さんにお送りしています。これまで字幕をやったことがない方でも、これを機にぜひ挑戦していただきたいですね。

森田:それは本当におっしゃる通りだと思います。
産業字幕もジャンルが様々で、その幅広さが魅力の一つだと思います。プロモーションとか新商品のPRとか、イメージが大切なものは、短い語数で効果的に伝えることが大事です。商品を魅力的だと思わせる言葉選びが大事になってくると思います。対してウェビナーやシンポジウムは、講演者が前を向いて話すだけなので、見る側も字幕に集中できます。クライアント側もコンパクトにまとめるよりは、全部知りたいというのもあると思います。
だから、字幕のスキルが最初はなかったとしても、むしろ産業翻訳を長年やってきて、その業界の知識がある方が訳したほうが、正確なものができると思います。

>次回はより細かい字幕翻訳のためのテクニックについてお伺いします。

 

 

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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