TRANSLATION

Vol.53 信頼される翻訳者の秘訣②

ハイキャリア編集部

翻訳者インタビュー

【プロフィール】
武居ちひろ Chihiro Takei
数々のクライアントから指名を受け、テンナインも絶大な信頼を寄せる英日翻訳者の武居さん。実はテンナインで社内チェッカーとしてキャリアをスタートさせました。「この人に翻訳をお願いしたい!」と思わせる売れっ子翻訳者の秘訣は何なのか。今回の翻訳者インタビューは、翻訳部ディレクター・松本が、旧知の仲の武居さんにフランクな雰囲気でお話を聞いてきました。

【インタビュー記事 Part 2】(Part1はこちら)

チェッカーから社内翻訳者へ

——:チェッカーのお仕事を1年経て、社内翻訳者になられた時の心境や決断の理由をお聞かせください。

武居:チェッカーとして働くうちに「私も翻訳がしたい」という欲が出てきました。テンナインのコーディネーターさんに相談したところ、偶然にも翻訳者を探している製薬会社があるとのことで、そこでトライアルに合格し、社内翻訳者としての仕事が決まりました。

武居:アメリカに本社があるグローバル企業の広報部に所属していたのですが、流れが速く苦労しました。夜中に本社から届いた原稿を午前中に仕上げて社内のレビューにまわしたり、国内報道の際には当日中に記事を訳して本社に報告したり、とにかくスピードが求められ、経験や知識不足は言い訳になりませんでした。

武居:自分では速く訳せるほうだと思っていましたが、相手の要望に応えられなければ意味がありません。表現の隅々まで気を配ることも広報の役目だと知りました。単語や言いまわしひとつで相手への印象が変わり、会社のイメージや社員の士気を左右することまで学べたのは、広報部だからこその経験かもしれません。広報部長は言葉へのこだわりが強く、社外・社内向けを問わず、不自然な文法や効果的でない表現は徹底的に指摘されました。品質とスピードの両方を求められる厳しい環境でしたが、そのおかげで今の自分があると思っています。

翻訳者は完璧主義?

——:翻訳者さんにとっては「翻訳=自分の作品」ですから、完璧主義の人が多いかと思いますが、武居さんは「自分の求める品質に必要な時間」と「相手が求める時間」のギャップに対して葛藤はありましたか?

武居:あまりありませんでした。どんなにきつくても、自分が納得していないクオリティーのものは出しません。依頼者=クライアントで、ニーズに合わせて柔軟に動くのが社内翻訳者の役目だと思います。自分ではなく、相手の満足のために仕事をしていました。

翻訳も通訳も人と人の中間にあるものです。片方の人からもらったものを反対側の人に届ける仕事で、相手がいてはじめて成り立つ。あいだに立つ人としての役割はいつも考えていますね。

——:武居さんは翻訳者として責任感が強く、達観されているように思います。

武居:昔からアートに興味があり、大学でも芸術を学びましたが、表現者として挫折しました。いろいろ試してみるうちに、陰から支える仕事のほうが向いていると気づきました。自分は主役にならないほうが力を発揮できるんです。

——:武居さんはそこにプライドをもっていらっしゃる気がします。我々コーディネーターもあいだに入る仕事で、黒子役とよく言われますが、翻訳部のメンバーには「仕事はゲームだ。楽しめ」と伝えています。黒子ではあっても自分が主体的に動き、橋渡し役となって任務を完遂する。この感覚は僕と武居さんで似ているかもしれないですね。黒子だけれど自分ではそうは感じていないという。

武居:そうですね。そういうところはあるかもしれません。

製薬会社からスポーツウェア会社へ

ーー:製薬会社での約3年の勤務のあと、スポーツウェア会社で社内翻訳者として働かれましたよね。分野が一変して抵抗はなかったですか?

武居:最終的には独立を目指していたので、むしろ新しい分野に挑戦したいと思っていました。新しい学びを求めていたタイミングだったんです。

武居:スピード感はいつも緊迫した雰囲気の製薬会社さんとはずいぶん違って、あまり急ぎの仕事はありませんでした。とてもオープンな社風で、皆さんのびのびと活躍されていました。翻訳の内容も一変し、クリエイティブな表現を求められることが増えました。有名サッカー選手が出演するビデオ字幕や、商品の限定冊子などを任されたときはとてもうれしかったです。

フリーランスデビュー

——:その後、フリーランスとしてデビューされた経緯を教えてください。

武居:結婚したばかりのアメリカ人の夫がいきなりカナダに半年間留学したいと言い出し、ついて行くことに決めました。住まいを構える国も決まっていなかったので、自然とフリーランスの道を選ぶことになりました。文芸翻訳の勉強に本腰を入れはじめたのも同じ時期でした。フリーランスとしてやっていく自信があったわけではありませんが、夫とカナダで暮らすチャンスも1度きりかもしれないと思い、一歩踏み出すことにしました。転勤族の家庭で育ったからか、自然に身を任せるのが得意で、環境の変化に抵抗がありません。めぐってきたチャンスはつかめるように、いつも身軽でいたいと思っています。家にもソファーは置いていません(笑)

——:すごいですね(笑) 文芸翻訳には昔から興味があったのでしょうか?

武居:いつか一冊訳せたらと、漠然と思っていました。自分には到底無理だと思っていた時期もありましたが、勉強すればするほど楽しくて、いつしか真剣に志すようになっていました。文芸翻訳家の越前敏弥先生のもとで勉強をはじめて約5年になります。文芸の分野では小説の下訳やリーディングのお仕事をいただいています。文芸翻訳に携わる仲間もできて、今年は同人誌を発行する予定です。長期間つづく文芸翻訳と短納期が多い実務翻訳を両立するのは大変ですが、テンナインにわがままを聞いてもらいつつ、試行錯誤しながらがんばっています(笑)

>次回は武居さんが考える「優れた翻訳とは何か」「機械翻訳」について伺います。


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