Vol.46 知的好奇心を満たしてくれる翻訳は一生の仕事!
和文英訳翻訳者
カリフォルニア大学ロスアンゼルス校(U.C.L.A.)文理学部スペイン文学科卒業。
大手電機メーカーの関連会社にて技術翻訳、コンサルティング会社にてアニュアルレポートの作成・翻訳、そしてまた大手電機メーカーの関連会社にて半導体・技術・IT関係の翻訳に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。
約21年の実務経験を持ち、現在半導体・技術・IT・コーポレート・コミュニケーションを中心に、書物の翻訳を含めて様々な翻訳・編集プロジェクトに携わっている。
再三の(いや、執拗?!)ラブコールを送った末、やっとのことでご登場いただけたNさん。端正な顔立ちをみなさんにご覧いただけないのが残念ですが、お話しいただいた内容からその片鱗が窺えるのでは、と思います。ITの英訳と言えばNさんにお願い!という安定感たっぷりの翻訳に行きつくまでのご経験をいろいろ語っていただきました。
Q. Nさんが翻訳を仕事として目指すようになった時期ときっかけを教えてください。
A. 大学を卒業する2年前の夏に日本語講座を取ったらすごく面白かったんです。私は父が日本人、母がドイツ人なのですが、興味はありつつも自分から日本語を学ぼうとしたことはそれまでなかったんですね。その講座がきっかけで日本語をもっと勉強するために1年間日本へ留学しました。それが今に至るのですが(笑)その1年間は文法や漢字などを集中的に勉強しました。
その後、契約社員として印刷会社に勤務しました。英文のチェッカーとして雇われたと思っていたのですが、実際の仕事内容は仮刷りの校正で、元の原稿がそのまま忠実に移っているかどうか確認する作業でした。「ん??英語が違う??」という箇所があっても訂正不要、というロボットのような仕事内容でモチベーションを維持するのが難しかったんです(笑)
その会社には別に翻訳部署がありましたので自分にも翻訳ができるかな?と思って休憩時間を利用してその部署とコミュニケーションをとるようにしました。
ある日、今から考えるとトライアルだったかもしれませんが(笑)そこから頼まれた翻訳をしてみると・・・・数日後には翻訳部署へ異動になりました。
そこではほとんどマニュアルの翻訳をしました。
それが私を今現在に導いた最初の「翻訳」でしたね。
1年間の契約社員だったのでその次はコンサルタント会社へ1年間派遣で行きました。そこではアニュアルレポートの作成が主な仕事でしたが、これがすごく楽しかったです。
内容の半分は翻訳、残りの半分は実際にクライアントへインタビューをし、その内容を英語でライティングしたものでした。私は5~6社担当していたのですが、ここでの経験は社会人経験の浅かった私にとっては社会勉強と翻訳を同時に学べた場所でしたね。
ここで一番実感したことは、「情報処理能力」を養うことが大変重要だということでした。お客様から膨大な情報を得、翻訳に必要な情報を選別していく訓練はかなりできました。
アニュアルレポートの繁忙期である半年間を過ぎると、すごく暇な時期がありまして、その時はクライアントでもあった、ある会社の会長の自叙伝の翻訳を担当しました。それも含めてここでの1年間は翻訳に対してずいぶんと自信がついた時期でした。
ここでは2人1組のペアを組んでお互いの翻訳をチェックしていたので非常に効率よく、翻訳者としてレベルアップすることができました。こういう会社で経験を積むことは本当にお勧めです。
そこでの1年間の契約社員を経て、次はメーカーで半導体、技術とITについての翻訳を多く経験しました。
メーカーではトライアルに合格したものの、半導体や技術についての知識は皆無でした。そんな自分でも務まるのかな?と不安だらけでしたが先方からは「大丈夫です」と(笑)
原文を作成した方と直接コミュニケーションをとりながら翻訳することができたので知識もどんどん増えていき効率良く仕事ができましたね。このメーカーには最終的に5年間勤務し、コンピューターシステムや半導体の翻訳をかなり経験しました。これが1998年ごろです。このころ、結婚と子どもの誕生をきっかけにフリーランスへ移行することを真剣に考え始めました。朝早く出勤し、夜遅く帰宅する生活だったので寝ている子どもしか見ることができなかったからです。また収入アップという意味もありましたし(笑)
ただ、いきなりフリーランスになるにはあまりに何もわからないため、まずはエージェントに登録しました。平日帰宅後や週末はエージェントからくる小さめの仕事を受け、会社では今まで通り翻訳をするという生活を1年以上続けました。それをやるうちにフリーランスでやっていける自信がつき、現在に至ります。
Q .Nさんにとって翻訳の面白さはどこですか?
A.知的好奇心が強い人間には翻訳の仕事はお勧めです。翻訳を通していろんな業界を垣間見ることができますし、世の中や企業の中で起こっていることを知るのは本当に楽しいです。
Q .印象に残った仕事があれば教えてください。
A. 特定の仕事が印象に残っているというよりも、翻訳するときに色々と調べていくうちにその内容に詳しくなっていき、最終的にいい翻訳が出来上がる、そのプロセスを味わえる喜びがいつも心に残るという感じです。この喜びは何回も経験したことがあり、きっとこれからも何度も経験できると思います。この発見のプロセスと喜びが翻訳の大きな魅力の一つであり、私にとっては毎回印象に残ることです。
Q .リフレッシュ方法はありますか?
A. 翻訳という仕事は本当に体を動かさないので(笑)やはりスポーツすることですね。
ボクシング、テニス、自転車、ウォーキングを楽しんでやっています。ボクシングやテニスの仲間とたまにハイキングと飲み会もやって楽しんでいます。忙しい日々でなかなか暇がないですが、こういう風にできるだけ体を動かして、人に会うようにしています。体を動かさない(笑)気分転換は写真撮影と読書ですね。
Q 今後の目標があれば教えてください。
A. 常日頃思っていることですが、本当にいろいろな知識を増やしていきたいです。また、自分の得意分野のITでは翻訳だけでなく、プログラミングに挑戦したいですね。それができるともっと深みのある翻訳ができると思っています。
そして、これは目標というか自分の課題なのですが、フリーランスとして営業活動を積極的にやっていかなくては、と思います。リーマンショック後、仕事が減った実感があるので安定した仕事量を確保するのは課題ですね(苦笑)
Q .これから翻訳者を目指す方へアドバイスがありましたら是非お願いします。
A .たくさんありますが(笑)5つに絞ります。
まず、ひとつめはオンサイトで経験を積むことは絶対にお勧めします。自分の興味がある分野や、好きな分野ならなおいいのではないでしょうか。また、2社以上経験することもいいと思います。フリーランスになればいやでも一人で仕事しなければいけませんから(笑)多くの会社でたくさんの社会経験を積んでおくに越したことはないですね。
2つめは、勉強することです。専門知識を深く、一般知識を広く、身につける。そして、表現力を鍛える。書く人の観点から原稿を読んでみる。英語ネイティブでも英文を書く力はまた別のスキルだと自覚しておいたほうがいいですね。
3つめは・・・これはさきほどの自分の課題でもあると言いましたが、フリーランスであればビジネスマンの要素を磨くことは絶対に必要だと思います。特に「自己をアピールする力」です。仕事は勝手に舞い込んでこないことがありますからね(笑)
4つめは横のつながり、つまりほかの翻訳者さんとコミュニケーションをとることも大切です。要は他者とのコミュニケーション力ですね。思わぬ情報を得ることができたり、仕事の依頼がきたりします。
最後は、最新の翻訳ツールなど、作業を手助けるテクノロジーにアンテナをはることだと思います。使いこなせるようになるならなおいいのですが(笑)これも私にとっては今後の目標ですね。
あげればいくつでも出てきますがこのくらいにしておきます(笑)どうかがんばってください。
~Nさんの七つ道具~
Nさん「一つ目はREALFORCEシリーズのキーボードです。今まで9つくらい試しましたがこのキーボードが一番気に入っています。最高のキータッチ感ですし、押す場所によってキーの重さが違うんです。例えば小指で押すキーは軽くなっていて、長時間タイピングをしてもなかなか疲れません」
Nさん「2つ目はこの『Cats Paw(猫の手)』です。穴に指を入れて、掌を開ける運動をするものです。タイピングはどちらかというと掌を閉じる運動なのでこれをやると手のストレッチになります。翻訳の仕事をしているとタイピングのし過ぎで手首を痛める人が多いですよ。簡単に言えば腱鞘炎ですね。これはそれを緩和するために使います。私も一時期ちょっとだけ手首が痛かったんです。その時に毎日これを使ったら痛みがなくなりました」
Nさん
Nさん「3つ目はポストイットです。紙原稿を翻訳する際、文章が沢山並んでいると自分が今どこにいるか分からなくなります。そういう時は翻訳している所にポストイットを貼って、翻訳が終わったら1文ずつポストイットをずらしていきます。そうすると画面を見て原稿に戻ったときに、自分がどこの翻訳をしていたのかがすぐに分かります。探す時間のロスが減らせますし訳抜けも防げます。
あとは仕事のペースを掴むために、一時間で出来る文量毎にポストイットを貼っていきます。ポストイットには目標とする時間と実際に完了した時間を書いていきます。上手くいったときや、時間がかかったときは写真のようにマークを印します。それを机に貼っていくと一日にどれくらい翻訳することが出来たのかを『見える化』することが出来ます」
Nさん「4つ目はマーカー&ペンです。マーカーは文章中に出てくる括弧を色別でハイライトすることで効率アップを図ります。ペンも、1つの文章ごとにアンダーラインを引きます。そうすると、どこで文章が終わるのか把握しやすいです」
Nさん「5つ目は『Dual Monitor』です。これが私の職場ですがこのように画面が2台あります。翻訳するときは、原文はここ、辞書はここ、インターネットはここ、メールはここ、他の参考資料はここ、と位置が決まっています。そうするとすべてが見えるのでポンっとクリックするだけで出てくるので、それがかなりの時間短縮になりますよ。最初、翻訳をしていた時はノートパソコンでしたけど、今はもう戻れないです。
6つ目は原稿台です。これ便利なんですけど、前の会社にいたときは誰も使っていなくて、それが不思議でした。角度も高さも調整できるので首をひねることもないし、原稿を見やすく出来て効率アップにもつながりますね。
最後はiPadです。稀ですが、私が愛用しているブラウザーのせいかPCで見られないサイトがあったときにiPadだと見ることができる場合があります。あとは今2つPCの画面を使っているけれど、もう1つ画面が欲しいって時に写真のようにiPadを配置して使っています。あとはいろいろアプリを使っています。例えば仕事をしている時にいろいろ調べますよね。そこで面白そうな記事を見つけた時に「もっと読みたい、だけど今は時間が無い」という時に「Instapaper」というアプリを使っています。面白い記事を見つけた時はPCのブラウザでInstapaperに保存すると、その記事はiPadやiPhoneでも見ることが出来るので、あとで好きな時間にゆっくりと読むことが出来ます。翻訳者にとっても良いアプリだと思いますよ。あとは辞書とか使っています。PC版がないものもあってたいていお値段が安いのでお勧めです」
編集後記
穏やかな口調で、ひとつひとつ丁寧にこちらの質問にお答えする様子はいつもいただく翻訳内容さながら、でした。翻訳者になるとは夢にも思っていなかったそうですが、その言葉とは裏腹に、翻訳に対しての想いや貪欲なまでの向上心は聞いているこちらにはすごく伝わってきました!これからもよろしくお願いします。