Vol.32 翻訳業はサービス業だと思います
関 美和さん Miwa Seki
1965年生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。電通、スミスバーニー勤務の後、ハーバード・ビジネススクールでMBA取得。モルガン・スタンレー投資銀行を経てクレイ・フィンレイ投資顧問東京支店長を務める。現在はベビーシッターの会社のメイ・コーポレーション代表取締役。ダイヤモンド・ハーバード・ビジネスレビュー誌などの翻訳者としても活躍中。
Q.経歴を拝見しましたが、関さんと英語の深いかかわりをまずは学生時代からお聞かせください。
― 福岡県の郊外で英語とは無縁の小学生時代を送りました。
中学校が私立のミッションスクールで郊外の学校にしては英語教育が充実していたのですが、その前から英語を話す外国人って格好いいな、という漠然とした憧れはありましたね。また、本を読むのが大好きでとにかくたくさん本を読んでいました。
大学は、慶應の文学部と法学部に合格したのですがなぜか文学部へ進学し、英語の勉強はきちんとやりました。でも、この時期はまだ英語と「深くかかわる」ことはあまり意識していませんでした。卒業後の進路についても大学院へ進学するか、アメリカに留学するか、などと漠然と考えるくらいで、最終的に電通へ入社しました。当時はバブル全盛期でしたが、四年制卒の女子の総合職の門戸は今ほど広くなく周囲の友人で外資系へ入社する人もたくさんいましたね。電通へ入社したものの、やはりもっと勉強してみたいという気持ちが強くなり勉強するならハーバードだ!と思い(笑)だから外資系企業へ転職しようと考えました。外資系企業に既に就職していた先輩の話しを聞いてますますその想いは強くなりましたね。
Q.では、外資系企業へ転職をされてから英語と更に深くかかわっていかれたのですか。
― 外資系企業から声をかけていただき、そこへ転職して2年後にハーバード・ビジネススクールへ入学しました。ここで初めて英語での苦労を味わいましたね。読むのも聴くのも話すのも、とにかく苦労の連続でした。でも、せっかくハーバードに来たんだから!という想いと、10%は容赦なく落とされるという恐怖感(?)で寝る以外はとにかく勉強しました。すごく深いことを勉強しているわけではないんです。読んで理解するだけなんです。それだけなのに、本当に苦労しました。それにハーバードでは、授業中の発言が評価の8割を占めるので話すことを事前に準備して授業に臨んだりしていました。
1年目は授業以外に就職活動も始まります。私もソロモンブラザーズでインターンシップを経験し、モルガン・スタンレーとメリルからオファーをもらいました。最終的にはモルガン・スタンレーへの就職を決め、2年目からは英語の苦労も随分と減り充実した毎日を送りました。
1993年にモルガン・スタンレーNY勤務として入社し、そこではビジネススクール時代の大変さとは比べ物にならないくらいの大変さを味わいましたね。10数人いた同期生の中で日本人は私だけだったのですが外国人扱いもなく、いきなり実践の場に放り出された感じでした。当然ですが、周囲の真剣さの度合いが今までと全く違いました。そこではエクイティーファイナンス関連の仕事をさせてもらいました。といっても目論見書に間違いがないかをチェックして印刷所に持っていくようなことばかりやってましたけど。自分の勉強にはすごくなりましたが、果たして会社のためにはなっていたのかどうかは定かではないですね(笑)その後、東京転勤になり2年を過ごしました。
Q.モルガン入社後の2年間が英語に対しての大きな転機になったのですか?
― いえいえ。まだ先があります。今までの話しは夜明け前、朝の4時ぐらい(笑)。これから夜があけるところ。
是非続けてください!
― では、お言葉に甘えて(笑)話が前後するのですが、ビジネススクールに行く前、まだ日本にいたころ、Michael Lewisの「Liar’s Porker」という本を辞書なしですんなり読めたんです。これがすごく面白くて。その著者の本はだいたい読んでたんですが、「MONEY BALL」という新刊を6~7年前に読んで、ものすごい衝撃を受けました。ストーリーにほれ込んで、何度も読み返しました。その後、ゴールドマンサックスにいる友人からAllison Pearsonの「I don’t know how she does it」という本がすごく面白いと勧められて読んでみたら、これがまた面白くて暗記するほど読みました。今でも憶えている表現がたくさんあります。ロンドンの投資顧問会社に勤務している2児の母親が主人公で、彼女が仕事と家庭の両立にドタバタするコメディー小説でしたが、当時の私も主人公と同じファンドマネージャーをしていたので自分と重ねて共感しながら読めたんです。それで唐突に「これを翻訳したい。私が翻訳しなきゃ誰がするの!?」と思い、この本を勧めてくれた友人が著者と知り合いだったこともあり、翻訳したい気持ちを手紙にして伝えたんです。そしたらなんと「出版権利はソニー出版へ売ったのでソニーへ連絡してください」と返事が来ました。早速ソニー出版に連絡をし、自分が何者であるかを説明し、翻訳したいと伝えました。
Q.ソニー出版へご自分でいきなり連絡をされたんですか?
― はい(笑)でももう翻訳も終わって、出版する運びになっていると言われましてその時「しまった!!これは1日も早く翻訳者にならなければ!」と思ったんです(笑)やっぱり翻訳の仕事をしていないとこんな話はこないと思い(笑)、まぁ当たり前なのですが。それが私が英語に「深くかかわる」「翻訳者になろう」と思った大きなきっかけだったんです。それからしばらくして仕事を辞めて翻訳に専念することにしました。仕事を辞める前に人づてで翻訳者としても有名な斎藤聖美さんに会っていただき自分の思いを伝えました。そうして斎藤さんに日経新聞出版社の方を紹介してもらいました。
Q.早速お仕事はきたのですか?
― いいえ(笑)そこから書籍翻訳のお仕事をいただいて出版までに2年かかりましたよ。
Q.流れに乗ってここまで来たようにも思えますし、関さんの強い意志で色々なことをたぐりよせてこられたようにも思います。
― はい。また別の人づてでダイヤモンド社の方ともお会いさせていただきました。ただ、自分のことを紹介するだけよりはいいだろうと考えその時すごく面白いと思った本の要約を5~6枚にして読んでもらいました。その時、面白いと思っていただいたのかもしれません。それからしばらくしてダイヤモンド社からもお仕事をいただくようになりました。今も1冊書籍翻訳を手掛けています。年末に出版予定ですのでよろしくお願いします(笑)
Q.文芸翻訳にすごく興味をお持ちのようですね
― 翻訳者になりたいと思ったきっかけがさきほど話したMichael Lewisの「MONEY BALL」とAllison Pearsonの「I don’t know how she does it」の2冊だったこと、子どもの頃からの憧れ、本が好き、などがあるのでやはり文芸翻訳をもっと手がけたいです。ただ、自分のバックグランドを考えるとビジネス書の依頼が多いのは仕方がないですね。
社会人になってまだ間もないころ、ちょっとした翻訳を頼まれると「みんなが読みやすいように、でも自分らしさを入れてみよう」や「みんなを飽きさせないようにしよう」ということを常に思いながら訳していました。そういう傾向が自分にはあるのだと思います。
Q.誰に教えられるともなくそう思いながら翻訳をする関さんにとって翻訳の魅力はどこにありますか
― やっぱり「ピタッ」とくる表現を思いついた時です。なかなか思いつかないんですけど。満足できる表現は全体の一割くらいです。せめて3割バッターくらいにはなりたいと思ってがんばっています。アメリカのテレビドラマを見ていても自分だったらこう表現するかな、とついつい思いながら見てしまいます(笑)
Q.関さんの今後の目標や夢を是非お聞かせください。
― かなり壮大な夢ですが、ロースクールに行って弁護士になろうと思っています。
前から興味があってきっかけは、、、、、やはり本ですね。リーガルスリラーが好きで裁判関係の本もたくさん読みました。また、法廷もののアメリカドラマも大好きです。法廷で弁護士をやってみたいんです(笑)日本で裁判員制度が始まったのも自分にとっては大きなきっかけです。(このインタビューの日がまさに第1回目の裁判員裁判の日でした)
「Ladies and Gentlemen of the Jury」という法廷での最終弁論の中でも名最終弁論といわれるものを集めた本を読んで非常に感動したことが弁護士になりたいと思った一番の理由です。あとは中坊公平弁護士の森永ヒ素ミルク事件の最終弁論を読んで感動したことも理由のひとつですね。
Q.最後に関さんから翻訳者を目指している方へのアドバイスをお願いします。
― 翻訳業はサービス業だと思います。読者へのサービス精神、編集者へのサービス精神が大事です。 つい行きたくなるレストランがあるように、つい頼みたくなる翻訳者になるにはどうしたらいいかを自分なりに考えてみるといいと思います。 実践的なことで言えば、リーディングをたくさんすることです。すごく大変ですが、とにかくたくさんする。私自身は「早い、上手い、安い」、これを私は「吉野屋的」と呼んでいるのですが、を心がけてリーディングをしました。お金にならなくてもやってみるべきだと思っています。そのリーディングが自分の英語力を引き上げるだけではなく出版社への自分の売り込みにもなりますし、覚えてもらえるきっかけにもなったりと色々なことを引き寄せてくれるからです。是非、「早い、上手い、安い」を心がけてひとつでも多くのリーディングをやってみてください。
編集後記
翻訳には定評のある関さんにお会いするのは本当に楽しみだったのですが、私にとっては初めての翻訳者さんへのインタビューということもありかなり緊張して臨みました。が、そんな緊張感を感じる暇もないほどの華麗でぶっとびなエピソードのオンパレードでした。しかもそれを気取らず飾らず気負わずに、時には「夜明け前」「吉野家的」などの関語録も交えながら私にわかりやすいように語っていただいた姿は本当に格好良かったです。最後に翻訳者としてあるべき姿と弁護士になりたいという次なる目標を語られた時のきっぱりとした口調に関さんの「美学」を感じたような気がします。大いに刺激を受けました。本当にありがとうございます!