TRANSLATION

Vol.24 ジグソーパズルを組み立てるような面白さがあります

ハイキャリア編集部

翻訳者インタビュー

第24回 Ng Soh King ンー・ソーキンさん
香港から1週間の日本帰国の合間を縫ってインタビューに応じてくださった日英翻訳者のソーキンさんをお迎えします。言語学の博士号を取得し、翻訳の仕事をしながらも、つい言語学的な視点で原稿を読んでしまうというソーキンさん。そんなソーキンさんが、外国語として最初に日本語に興味を持った理由や、ご主人との出会い、翻訳の楽しさなどを語ってくださいました。

<プロフィール>
シンガポール出身。シンガポール大学で日本語を専攻した後、ハワイ、日本、オーストラリアの大学に通い言語学博士号を取得。その間、シンガポール大学の教壇に経ち、日本語や翻訳を教える。2005年よりフリーランス翻訳者として活躍。幅広い分野の翻訳をこなすが、今後、金融・医薬分野での翻訳に力を入れていきたいと希望。香港在住。

Q. 日本語に興味を持ったきっかけは?

ちょうど私が中学3年生くらいのころ、シンガポールに日本のポップカルチャーがどんどん入ってきていました。NHKの紅白歌合戦が放送されたり、山口百恵さんが主演していた『赤い疑惑』というドラマを見たりして、すごく日本の文化に惹かれました。テレビで初めて山口百恵さんが歌っているのを見てとても憧れましたし、松田聖子さんや河合奈保子さんといったアイドルがシンガポールでも大人気でした。高校卒業後の進路を考える際に、何か外国語を勉強したいという思いがあったのですが、勉強するなら日本語、とシンガポール大学の日本研究学科に進学することに決めました。
大学4年生になる前に、日本政府文部科学省の奨学金を得て名古屋大学に約1年間留学しました。学生寮にはいろんな国の人が集まっていて、毎日が楽しくて楽しくて仕方がありませんでした。その頃はまだ会話力も十分ではなく、授業で習った言い回しをその日のうちに実践で使ってみる、という繰り返しで、テキストどおりのしゃべり方をちょっとからかわれたりしながらも、本当に楽しく充実した留学生活を送りました。

Q. その後、ハワイで言語学の勉強を始めるのですね。

シンガポールの大学を卒業してから、2年間ほど同大学で日本語クラスの常勤教員として勤務し、その後、ハワイ大学の修士課程で言語学を専攻しました。シンガポール大学のときにも言語学のクラスがあり、そこでもっと言葉の理論や体系を深く学びたいと思ったからです。奨学金を得られる、という理由もあってハワイ大学を選んだのですが、当時の私には初めて西洋世界に飛び込んだという感じで、こんなに遠くに来てしまったとホームシックになりました。勉強が忙しかったこともあってあまり遊んだりもせず、今となってはもっとハワイを満喫すればよかったな、なんて思います。
修士号を取得してシンガポールに帰り、また母校で教壇に立ちました。実際に、私の社会経験といえば、大学の教壇に立つこと以外には、シンガポールにある日系企業で1ヶ月間だけ雑務のアルバイトをした経験だけです。ですから、今フリーランス翻訳者として仕事をしている中でも、一般企業など組織の中に入って仕事をする経験があれば、知識や視野の広がりが持てるだろうな、と時々思うことがあります。

Q. そして、今度はオーストラリアへ・・・。

実は、修士が終わってからも博士号を取得するためハワイ大学に半年くらい残っていたのですが、やはりシンガポールに戻りたい気持ちがあって、途中で辞めて帰ってきてしまったという経緯があります。ハワイで言語学を一緒に学んだクラスメートの一人が実は夫でして・・・。私がシンガポールに戻ってから半年後に彼もシンガポールにやってきて、私の母校で就職しました。そして結婚したのですが、私も当時母校で教えていたので、また夫婦で同じところに通うことになったんです。でもその後、私が博士号を取得するためにまた留学先を探し始めて、アメリカ以外(ホームシックでつらかった思い出が・・・)という選択肢の中から、メルボルンの大学を選びました。結婚してから1年半くらい経っていましたが、夫を置いての留学です。留学期間は4年半くらいでしたが、長期の休みには夫のところに帰って一緒に過ごしたので、ずっと離ればなれということではなかったですね。
その間、夫の勤め先がシンガポールの時もあれば、夫の母国である日本に戻っている時もあって、なんだか夫婦であちこち移動している感じでしたね。夫も研究者ですし、お互いの学問的関心を尊重し合えますので、この留学生活はとても順調に進み、無事博士号を取得できました。

Q. 翻訳に興味をもったきっかけはなんですか?

これだというきっかけはあまり思いつきません。大学で日本語を学ぶ際に用いた教材には対訳付きが多く、日英翻訳のコースも履修しましたので、翻訳というものへの意識が芽生え始めたのはその頃かと思います。学生時代に友人2人と共同で、800ページほどのコンピュータマニュアルを英訳したことがあります。仕事としての翻訳経験はこれが最初といえるでしょうか。また、母校で日英翻訳の講座を担当したこともありました。いつも英語と日本語が横にならんで私の身近にあったのだな、と今振り返ってあらためて思います。大学での勉強を一通り終えた後に翻訳業を始めたことはそれほど飛躍した結果ではないと思います。
途中で大学で働いたりもしましたが、学生として勉強していた期間が長かったため、本格的に働き始めたのはほんの数年前からになります。もしフリーランス翻訳者でなかったら、大学で翻訳や言語学を教えるという選択肢もあったかもしれませんが、結婚もしていましたし、夫の仕事で住む国も代わったりしていましたので、在宅でできる仕事を選びました。実はあまり積極的な性格ではないので、最初は友人から頼まれたものをちょこちょこ翻訳している程度でしたが、ちゃんとプロとして仕事をする環境にしようと思い、エージェントに登録することを考えました。その時ネットでいろいろ探している中で、テンナインさんの『ハイ・キャリア』のサイトを見つけました。そこである社内翻訳者さんのインタビュー記事を読んで印象に残ったので、テンナインさんの翻訳トライアルを受けることにしました。そこから翻訳業の本格的なスタートとなりました。

Q. 私たちもソーキンさんと出会えてよかったです!ところで、翻訳業をしていて良かったことはなんですか?

翻訳の仕事は本当に楽しいです。社会人としての実際的な経験がほとんどないため、翻訳という仕事を通して様々な世界の情報を知り、擬似的な社会体験ができる、ということはメリットです。私が何年間も「言語」に関わってきた理由は、純粋に言葉を考えることが本当に好きだからなんです。小説を読んでいるときも、書き手のくせや表現を一字一句じっくり分析して、この人はこういう人なのかな、と想像を働かせていたりします。この英語表現は日本語だとこういうのかな、と考えることもしばしばです。いわゆる対照言語学的視点で読んでいるのです。ですから翻訳をしている時にも、このような読み方をしてしまうので良くないですよね。一字一句じっくり原稿を読んでいるのですから・・・。速読法に魅力まで感じてしまいます。速読ができれば、もっと翻訳のスピードもあがりますし!自分の興味のあることをそのまま仕事にしているような感じですが、仕事と趣味は分けなければいけないとも思います。最も翻訳が楽しいと思うことは、翻訳の作業工程にあります。翻訳の原稿はジグソーパズルのようなものです。原文の日本語をいったん一つ一つのピースに崩して、そのピースを英語にして組み立て直していきながら、同じ絵を作りあげる、という感じです。こういう工程を経ることで、私自身にとって最も理解できる言語でその絵(原稿)を理解できることになります。翻訳が楽しいのは、このプロセスです。

Q. 今後のキャリアプランは?

今、夫の仕事の都合で香港に暮らしています。1年半くらいになりますが、香港の社会や人々をもっと知りたいと思っています。在宅で仕事をしていると、やはり他人との接触が希薄になりますし、いつかは香港を離れる日が来ることを考えると、このまま香港を良く知らずに日本に帰ってしまうのはもったいないと思います。
また、このことはまだ漠然とした考えなのですが、大学で翻訳を教える仕事にも惹かれています。これはフリーランスでの翻訳をしていなかったら気づかなかったことかもしれませんが、翻訳には必ず締め切りがあり、特に翻訳作業時間が短い場合だと、どうしても時間がきたらその完成度に納得がいかなくとも諦めなければいけません。きっと翻訳者のみなさんはそういうジレンマと戦っていらっしゃいますよね。教育の場ですと、仲間の先生や生徒たちと議論をしたり意見を交換したりして、可能性を探る時間があると思います。それが私には魅力的なことです。また、フリーランスという形態はメリットもあるのですが、いつ仕事が入ってくるのかわからなくて、いつでも依頼待ちの態勢になってしまうところや、在宅で一人で仕事をしているので、翻訳で迷った時にちょっと相談する相手がそばにいない、翻訳を始めてしまうとその時間も実はない、という点はつらいところですね。
ただ、キャリアプランとしてそんなに先のことまでは考えていないんです。60歳になってもまだ翻訳をしているかというと・・・、どうでしょうか。きっと翻訳は続けていると思います。できればいつか出版翻訳をしてみたいです。日本語で書かれているものを英語圏の読者に紹介するのが夢ですね。いろいろな国で暮らしてきましたが、将来的には故郷のシンガポールに帰りたいですね。「郷に入ったら郷に従え」の精神であちこちで暮らしましたが、やはり落ち着くのはホームタウンです。夫は日本人なので、日本に帰りたいといいますし、まだこの先どうなるかはわかりません。
とりあえず今2人で合意していることは、老後は半年間ずつお互いの国で暮らそう、ということだけですね。

【ソーキンさんお奨めの翻訳参考本】

Can Theory Help Translators?: A Dialogue Between the Ivory Tower and the Wordface (Translation Theories Explored)
英語。翻訳理論の教授とプロの翻訳者が、翻訳者が抱える問題点や翻訳の質、倫理、方法論など様々な観点から翻訳の理論と実践について意見を交わした書簡を本にまとめたもの。
※ソーキンさんはちょうどこの本を読んでいる最中とのこと。翻訳エージェントの方にも参考になります、と薦めていただきました。


技術翻訳のチェックポイント―技術文書の作成と評価
技術英文の翻訳実務に携わっている人のために、構成からメリハリの付け方、箇条書きの使い方、操作手順の書き方などまで、テクニカル文書の書き方の原則を解説。練習問題も掲載。英文併記。
※日英バイリンガルなのがとても役に立つ、と話していらっしゃいました。これから技術翻訳を目指される方にお奨めです、とのご紹介です。

<編集後記>
ソーキンさんはとても純粋で、ひたむきで、奥床しい方でした。実は、インタビューの1/3くらいは、ハワイで出会ったご主人との馴れ初め話で盛り上がってしまいました(私が無理やり質問していたような・・・)。ここでご紹介できないのが残念です!翻訳原稿をついじっくり読んでしまう、というソーキンさん、翻訳の確かな質はそこに秘密があるのでしょうか。これからもお世話になります!

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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