アメリカの映画やドラマ、ジョン・グリシャムの小説などで、裁判や弁護士が描かれることも多いので、多少は馴染みがあるアメリカの司法制度の方から、見ていきましょう。
米国の裁判所システム
米国の裁判所システムは、大きく州と連邦の2つに分かれます。
米国の各州はそれぞれ独自の憲法や法律を制定していて、裁判所システムも独自のものがあります。しかしもちろん、複数の州にまたがる事件や、合衆国憲法、連邦法、連邦政府に関するものなど、州のシステムでは裁くことができないものは、連邦裁判所で扱われます。
各州にはそれぞれのシステムがあり、連邦裁判所の中にも国際的な通商問題専門や、連邦政府に対する訴訟専門の裁判所もあり、すべてを説明するのはスペースの関係上、また「カンタン」と謳うこの講座の趣旨上でも無理なので、簡単に大まかなところを説明します。
◆州裁判所
州によって、2審制 (一審裁判所と最高裁判所だけ) のところと、3審制のところがあります。各レベルの裁判所の呼び名も、州によって様々です。
たとえば一審裁判所は、
Circuit Court、Trial Court、Recorder’s Court、County Court、Court of Common Plea、Chancery Court、District Court
などの名称があります。
中間的な上訴裁判所では、
Court of Appeals、Intermediate Appellate Court、Court of Special Appeals、Court of Civil Appeals、Court of Criminal Appeals、
などがあります。
最高裁判所は、
Supreme Court、Supreme Court of Appeals、Supreme Judicial Court、Court of Appeals、
などです。
こんなに色々あるので、冒頭の例文のように裁判所の名前に言及した契約書の条文や、訴訟文書などを訳す場合は、その裁判所がどのレベルの裁判所なのかを確認して(州裁判所か連邦裁判所かも含め)、訳さなければなりません。
◆連邦裁判所
連邦裁判所は、一審 (事実審) 裁判所、控訴裁判所、合衆国最高裁判所の3審制です。
国際通商裁判所 (U.S. Court of International Trade) や連邦請求裁判所 (U.S. Court of Federal Claims) などの特殊なものを除いた一般的な一審裁判所は、合衆国地方裁判所 (U.S. District Court) です。
地方裁判所は、各州とコロンビア特別区、プエルトリコ自治領に最低1ヶ所、全部で94ヶ所あります。ここでは民事も刑事も取り扱われます
地方裁判所の中に、破産裁判所 (Bankruptcy Court) があります。破産は、州ではなく連邦で取り扱われるのです。
地方裁判所では、事実審が行われます。
事実審というのは、その事件でこれこれの事実が存在しますということを、裁判で決めていくことです。たとえば殺人事件なら、殺人があったのか、なかったのか(事故死かもしれないし、自殺や自然死かもしれません)、殺人があったのなら、被告が殺人を犯したのか、そうでないのか、そういった「事実」を認定していくのです。
地方裁判所は、12の巡回区 (regional circuit) に分けて組織され、そのそれぞれに、合衆国控訴裁判所 (U.S. Court of Appeals) が設置されています。
たとえば、第2巡回区に含まれるのは、コネティカット州、ニューヨーク州、バーモント州です。この中でニューヨークはさらに Eastern、Western、Northern、Southern の District に分かれています。控訴裁判所はニューヨークのマンハッタン南部にあります。
控訴裁判所では、地方裁判所の判決や連邦行政機関の決定についての控訴、また国際通商裁判所や連邦請求裁判所からの、特許など複雑な問題に関する控訴についての審理を行います。
合衆国最高裁判所 (Supreme Court of the United States) は、最高裁判所長官 (Chief Justice of the Supreme Court) 1名と、陪席裁判官 (Associate Justice) 8名で構成されます。この9名の裁判官は、上院 (Senate) の承認を得て大統領が指名し、基本的に終身職です。最高裁判所では、連邦の下級裁判所や州の裁判所からの上訴で、法律の解釈についての審理 (法律審)が行われますが、特に重要な憲法上あるいは連邦法上の問題に関するものばかりで、扱う件数はそれほど多くありません。
英国の裁判所システム
英国(グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国)の法制度が、たとえばスコットランドとイングランド・ウェールズでは異なるという話は、第11回でしましたね。
裁判所システムも、イングランド・ウェールズと、スコットランド、北アイルランドは別々です。
上の例文でも、High Court of Justice in England と書かれています。Britain でも UK でもない点に注意しましょう。
したがって「英国の裁判所システム」を説明するためには、スコットランドや北アイルランドなどのシステムもすべて説明しないといけないのですが、こちらもスペースの問題上、英国内でもっともよく利用され、文書に登場することも多いイングランド・ウェールズの裁判所システムを代表としてご紹介します。
◆刑事事件 (criminal case)
イングランド・ウェールズでは、刑事事件 (criminal case) と、民事事件 (civil case) は、別々の裁判所で扱われます。
刑事の方は、まず日本の検察に当たる公訴局 (Crown Prosecution Service) が警察から事件を引き継ぎ、治安判事裁判所 (magistrates’ court) において、その事件について正式審理 (trial) を開くべきかどうかの決定を行います。これを陪審審理付託決定手続き (committal proceedings) といいます。正式審理は、刑事法院 (Crown Court) で行われます。刑事法院は組織としては1つしかないのですが、全国に約70ヶ所ほどにセンターがあります。
ロンドンおよびその周辺を管轄権とする Crown Court は、Central Criminal Courtです。新聞記事などでは Old Bailey という愛称で呼ばれることもあります。かつてこの裁判所のあるところには城の外壁 (bailey) があり、今もその通りの名が Old Bailey なので、そう呼ばれるのです。
より軽微な罪の場合(全体の9割)は、治安判事裁判所に送られ、略式手続き (summary proceedings) で裁判が行われます。
◆民事事件 (civil case)
民事事件は、通常は訴えの額によって、比較的小額のものは 州裁判所 (county court) で取り扱われます。契約 (contract) と不法行為 (tort) を扱う州裁判所は228ヶ所、離婚などの家族問題を扱う州裁判所は179ヶ所あります。
より高額・高度な事件は、高等法院 (High Court of Justice) で扱われます。単に High Court と呼ぶことも多いようです。高等法院は、家事部 (Family Division)、大法官部 (Chancery Division)、女王座部 (Queen’s Division)、の3つに大きく分かれています。家事部は離婚や子どもの福祉など家族問題を、大法官部は信託や土地、破産、知的財産など高度で複雑な問題を、女王座部はそれ以外の契約や不法行為の問題を取り扱います。ちなみに、現在の英国女王、エリザベス2世が亡くなりチャールズ皇太子が即位すると、この「女王座部」は、「王座部 (King’s Division)」という名称に変わります。
◆上訴 (appeal)
一審の判決に不服がある場合は、上訴することができます。
刑事事件の場合、一般的には、治安判事裁判所→刑事法院→控訴院 (Court of Appeal)、という順番になります。事実に関することではなく、法律上の論点 (point of law) については治安裁判所から高等法院へも上訴できます。さらに、非常に重要な法律上の論点があると認められた場合には、貴族院 (House of Lords) への上訴が許可される場合もあります。
民事事件の場合、一般的には、州裁判所→高等法院→控訴院という順番になりますが、州裁判所から控訴院に上訴されることもあります。控訴院または高等法院から貴族院への上訴もありますが、これが認められるのは非常に稀なケースです。また、民事の場合はもともと裁判にまで発展せずに、大部分が和解 (settlement) や仲裁 (arbitration) で決着されます。
貴族院 (House of Lords) は、英国議会の上院でもあります。
1つの機関が、国の3権のうち立法と司法の2つの機能を果たすというのは、ちょっと驚きですね。
裁判所としての貴族院を構成するのは、いわゆる Law Lords、法貴族といわれるメンバーです。法貴族は、首相の助言によって女王が任命します。
具体的には、大法官 (Lord Chancellor)1名、元・大法官、定員11名の常任上訴貴族(Lord of Appeal in Ordinary)、その他の貴族で高位の司法職にあった人たちです。高位の司法職には、北アイルランドの最高法院 (Supreme Court) とスコットランドの民事上級裁判所 (Court of Session) の裁判官や、コモンウェルス国家で貴族院への上訴を行う国の最高裁判所の判事も含まれます。というのも、貴族院は、イングランドだけではなく、スコットランドの民事、北アイルランドの刑事・民事を含め、コモンウェルス国家や海外領の上訴の審理も行うからです。
ただし今後は、Constitutional Reform Act 2005 によって、英国の最高裁判所(Supreme Court)を設置することになっています。新しい最高裁判所は2008年10月から稼動する予定だそうです。これは、貴族院が最高裁判所を兼ねてきた実に600年の歴史が変わることを意味します。
英米法の appeal という言葉には、日本のように「上告」「控訴」という区別がないことに注意しましょう。また、appeal は、司法制度だけではなく、行政の判断に対する不服申立ての場合も使用されます。
EUの裁判所
欧州連合 (EU) にも裁判所があり、加盟国はこれに拘束されます。
◆欧州裁判所(Court of Justice of the European Communities)
25名の判事で構成されており、8名の法務官の補佐を受けています。両職とも加盟国の合意によって任命され、任期は6年です。
また、同様に25名の判事で構成される、一審裁判所 (Court of First Instance) も1989年に設立され、両裁判所とも所在地はルクセンブルグです。
欧州裁判所の役割は、加盟国が条約上の義務を果たしているかどうかについての司法的判断を下すことです。加盟国が条約に違反していると判断されると、高額の罰金を命じることもあります。
また、欧州裁判所は、加盟国の裁判所からEU法(第18回を参照)の解釈についての判断を求められる場合もあります。
第一審裁判所は、加盟国の個人や法人が提起する訴えを取り扱います。
その他
◆欧州人権裁判所
EUの裁判所と区別しておかなければならないのは、欧州人権裁判所 (European Court of Human Rights) です。名前がややこしいので混同しないようにしましょう。
欧州人権裁判所は、欧州評議会 (Council of Europe) の加盟国による、1953年に発効した人権条約に基づき、加盟国内での人権問題を取り扱うために設立された裁判所で、フランスのストラスブールにあります。
欧州評議会は、欧州連合(EU)加盟国を含め、全欧44ヵ国が加盟する国際機関です。
欧州人権裁判所は、加盟国にとっては、人権問題に関しては自国の最高裁判所の判断を覆すことができる裁判所になります。被告となるのは加盟国で、原告は加盟国、個人や法人などの団体などになります。
翻訳の対象となる文書によく取り上げられる問題としては、労働問題や、テロリストの人権問題などがあります。
◆国際司法裁判所(International Court of Justice、略称:ICJ)
国連の常設司法機関。皇太子妃雅子様の父、小和田恆氏が裁判官に就任されています。
本部はオランダのハーグにあり、国家間の紛争の解決にあたります。
ただし、両当事国が同意してICJに付託する必要があったり(片方の訴えではダメ)、裁判所の決定や勧告を当事国に強制する手段がないなど、実効性に問題があるといわれています。
下記の、国際刑事裁判所とは別の機関なので、注意が必要です。
◆国際刑事裁判所(International Criminal Court、略称:ICC)
1998年に採択された国際刑事裁判所規程 (The Rome Statute of the International Criminal Court) に基づき設立された、個人による国際的な犯罪を裁く常設裁判所です。扱われる事件は、戦争における大量虐殺や女性・子どもへの人道に対する罪など、個人が犯した犯罪です。
ただし、日本は未署名ですし、大国である米国も、海外に派兵した米国兵士が被告となることを恐れてこの裁判所に強く反対するなど、問題が多いとされています。
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