◆英・米の制定法
この講座でも、今までに時々例文の中で具体的な制定法の名前が登場しましたね。訴訟文書はもちろん、契約書でも法律名が登場することがあります。その場合、有名な、重要な法律ですとそのタイトルくらいは日本語での定訳がありますので、勝手な訳をつけてはいけません。定訳と言っても別に日本の法律で「こう訳さなければならない」と決められたわけではないのですが、信頼できる辞書に載っている、あるいはウェブサイトなどでもっともよく見られる訳、あるいは日本の政府機関で使用されている訳を定訳と考えるといいでしょう。
たとえば、前回の講座で引用した、米国の Securities Exchange Act of 1934 という法律は、「1934年証券取引所法」という定訳があるので、これを用います。これは成立も古く、重要な法律なので、大抵の辞書に載っているはずです。たとえば、研究社の「リーダーズ」には載っています。
英・米国の制定法の名前には、”Act” と、これが成立した年号が入ります。
たとえば、英国の著作権法は、Copyright, Designs and Patents Act 1988 です。
これは、「1988年著作権・意匠・特許法」と訳されています。
しかし、英国の Proceeds of Crime Act 2002 は、比較的新しい法律であることなどから、まだ辞書に載っていません。
このような場合は、インターネットで官公庁のウェブサイトなどを見て、この法律にどのような訳語が当てられているかを見てみましょう。
Proceeds of Crime Act は直訳すると「犯罪収益法」ですが、どうやら、「犯罪収益没収法」といった訳語が使われていることが多いようです。
その他で、比較的よく引用される制定法には次のようなものがあります。
【英国】
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Sale and Supply of Goods Act 1994 |
1994年動産売買・提供法 |
Finance Act 2004 |
2004年金融法 |
Prevention of Terrorism Act 2005 |
2005年テロリズム防止法 |
Data Protection Act 1998 |
1998年データ保護法 |
【米国】 |
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Sherman Antitrust Act 1890 |
シャーマン法、シャーマン反トラスト法 |
Occupational Safety and Health Act (OSHA) of 1970 |
1970年労働安全衛生法、1970年職業安全衛生法 |
Consolidated Omnibus Reconciliation Act (COBRA) of 1985 |
1985 年包括予算調停強化法 |
The Freedom of Information Act(FOIA) |
情報の自由法、情報公開法 |
Foreign Investment in Real Property Tax Act (FIRPTA)
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1980年外国(法)人不動産投資税法
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シャーマン法、情報公開法については、年号が入っていませんが、いずれも成立年が古く非常に有名な法律であること、またシャーマン法については成立の立役者である議員の名前で呼ばれていて他の法律と混同される心配がないことなどから、日本語訳で年号を特に入れる必要がないように取り扱われているようです。
◆Statutory Instrument
英国で Act of Parliament とは別に、行政機関によって制定される命令や規則などで、「行政委任立法」と訳します。制定にはAct と違って必ずしも両院の可決を必要としません。
たとえば、上記の Proceeds of Crime Act には、Statutory Instrument 2004 No. 8, The Proceeds of Crime Act 2002 (References to Financial Investigators) (Amendment) Order 2004 という命令があります。これは、元になる犯罪収益没収法の施行規則に相当します。
行政委任立法は、Statutory Instruments (複数であることに注意)という文書にまとめて掲載されています。
◆Federal Register、Code of Federal Regulations
Federal Register は、「連邦官報」といい、米国の行政庁によつ命令や告示を発表する刊行物で、毎日発行されています。
Code of Federal Regulationsは、「連邦規則集」といい、現在有効な命令や規則類をテーマ別に編纂したものです。全部で50の「編」= title に分かれており、U.S.C.(合衆国法律集:第17回を参照!)とtitle 名が呼応している場合が多いです。
◆EU法
EU 法については、詳しく説明するととても長くなってしまうので、ここでは簡単に。
まず、EU (European Union:欧州連合) とは、1951 年のパリ条約 (Treaty Establishing the European Coal and Steel Community、または Treaty of Paris) により設立された欧州石炭鉄鋼共同体 (ECSC)、1957 年のローマ条約 (Treaty Establishing the European Economic Community、または Treaty of Rome) により設立された欧州原子力共同体 (EURATOM)、そして 欧州経済共同体 (EEC) を統合したEC(欧州共同体) が、1993 年11 月に発効したマーストリヒト条約 (Treaty on European Union、または The Maastricht Treaty) により改組され、発足したものです。このとき、名前が「EC」から「EU」となりました。EU は、これらの条約や、その後のアムステルダム条約 (Treaty of Amsterdam) などを根拠法にして、経済、外交・安全保障政策、司法を中心に、共通の政策を立案・実施しています。
EUの主な機関は、(1)欧州理事会 European Council (加盟国の元首から構成される)、(2) 欧州連合理事会 Council of the European Union (加盟国を代表する閣僚から構成される。欧州閣僚理事会とも言われる)、(3) 欧州議会 European Parliament (住民の選挙で選ばれた議員から構成される)、(4) 欧州委員会 European Commission (EU の行政機関)、(5) 欧州裁判所 European Court of Justice (EU 法に関する司法機関)、(6) 会計監査院、の6つです。
このうち、(2)の閣僚理事会と(3)の欧州議会が、立法権を共有しながら、立法機関に相当します。法律を制定するところですね。(4)の欧州委員会が行政機関に相当し、(5)の欧州裁判所が司法機関です。
(1)と(2)と(4)はとくに、何となく似たような名称なので、混同しないように注意しなくてはなりません。
では、EU 法とはなんでしょうか。
EU 法を構成するのは、次のものです。
1) 共同体設立条約(ローマ条約、マーストリヒト条約、アムステルダム条約など)、2)共同体立法(規則、指令など)、3) 欧州裁判所の判例、4) 加盟国に共通する法の一般原則
このうち次々に新しいものが出されて注意が必要なのは、2)の共同体立法です。
共同体立法には、次のものがあります。
1) 規則(Regulation )
規則は、そのまま直接、加盟各国に適用されます。各国であらためて国内法を定める必要はありません。
2) 指令(Directive )
指令の場合は、これに沿って加盟国が国内法規を制定/改定しなければなりません。指令の内容は、最低限の要件なので、各国の事情や考えでより厳しくすることはできますが、指令より緩やかであってはなりません。国内法での対応は、指令がOfficial Journal に発表された日から3年以内に行わなければなりません。
3) 決定(Decision)
適用の対象が特定の国や企業、個人などに限定されており、これらを直接拘束します。
4) 勧告(Recommendation)
加盟国やその対象となる企業・個人などに対して、一定の行為や措置をとることを期待するということを表明するだけで、法的拘束力はありません。
5) 意見(Opinion)
あるテーマについて、欧州委員会の意思を表明するもので、4)の勧告と同様で、加盟国などに対する法的拘束力はありません。
上の5つのうち、翻訳される法律文書で最もよく引用されたり問題となるのは、2)の指令でしょう。
たとえば、
Directive 95/46/EC of the European Parliament and of the Council of 24 October 1995 on the protection of individuals with regard to the processing of personal data and on the free movement of such data
なんていう、非常に長いタイトルの指令があります。
日本語訳は、
「個人データの処理に関する個人の保護及びそのデータの自由な移動に関する1995年10月24日の欧州議会及び理事会の95/46/EC指令」
です。
この指令は、たとえば次のような契約書の条文で登場することがあります。
【例文】
Company agrees that at all time during the term of this Agreement, it will comply with all Applicable Data Protection Laws, including, but not limited to European Directive 95/46/EC.
【訳文】
会社は、本契約の期間中常に、EU指令95/46/ECなどを含め、これらに限定されず、適用されるデータ保護法のすべてを順守することに同意する。 |
このような条文を翻訳するときには、上に述べたような簡単な背景を理解していた方が条文の意味やその文書全体の性質の理解に役立つと思います。
◆仲裁機関、仲裁規則
契約の当事者同士の主張が対立した場合、裁判所に提訴して裁判にすることがかならずしも得策とはいえません。たとえば訴訟の場合は原則、内容は公開ですが仲裁は非公開で行うことができます。守秘義務や高度に技術的な問題に関する紛争のときは、仲裁の方が安全かもしれません。また仲裁は訴訟に比べて短期間で結審します。訴訟だと上告ができるので長引く可能性があるので、それを恐れる場合は仲裁の方がいいかもしれません。
そんなことから、契約書の中に紛争解決に関する条項を挿入し、次のような条文になっていることがあります。
【例文】
Any dispute, controversy or claim arising out of or in connection with this Agreement, or the breach thereof, shall be settled by arbitration held in accordance with the Rules of Arbitration of the International Chamber of Commerce.
【訳文】
本契約またはその違反から、またはこれに関して生じるあらゆる紛争、意見の相違、または申立ては、国際商業会議所の仲裁規則に従い行われる仲裁によって解決されるものとする。 |
国際商業会議所 (the International Chamber of Commerce=ICC) は、1920年にパリで設立された民間の国際機関です。上の例文に引用された仲裁規則 (Rules of Arbitration) や、前回お話したインコタームズも含め、国際取引慣習に関する共通ルールの作成などを活動の一部としています。
仲裁規則を策定しているのは、ICCだけではなく、世界知的所有権機関 (World Intellectual Property Organization= WIPO) や、アメリカ仲裁協会 (American Arbitration Association= AAA)、国連国際商取引法委員会 (United Nations Commission on International Trade Law= UNCITRAL) などもそれぞれ独自の仲裁規則を策定しており、上の例文のように、契約において依拠する規則として採用されることがあります。
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