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カンタン法律文書講座 第十回 様々な法律文書

江口佳実

カンタン法律文書講座

英米法によるカンタン法律文書講座
第十回 様々な法律文書

前回まで、契約書を中心に講座を進めてきました。
今回はちょっと趣向を変えて、契約書以外の法律文書を紹介します。

法律文書の中で翻訳者として接することが多いのは、圧倒的に契約書です。
契約書の目的は、企業と企業、あるいは企業と個人などが当事者として、ある取引関係を結ぶ時に、お互いの権利と義務を明確に定めて合意しておき、あとで紛争となることを防ぐものです。

◆「レター・オブ・インテント」

この契約書に近いもの、あるいは契約書の「前身」となるのが「レター・オブ・インテント」です。Letter Of Intent、略して「LOI」といったりもします。日本語では「予備的合意書」とか「仮合意書」と訳すか、そのまま「レター・オブ・インテント」としても構いません。

このレター・オブ・インテント(以下、「LOI」)は、後で述べる「覚書」(=Memorandum of Understanding ) と同様、実は「契約書」(=agreement / contract) と書かれていないだけで、限りなく契約書に近い法律文書です。

大きなプロジェクトになると、最初からありとあらゆる詳細な事項まで取り決めるのはなかなか大変で時間もかかります。そこで、LOI や覚書を作成して、その時点までに合意していることを相互で確認し、各当事者はこれを監督機関への説明や社内での必要な決議に用いたりして、今後の正式な契約に向けてのたたき台に利用するのです。でも、LOI は相互の当事者の代表者が署名して作成されるので、立派な合意書で、これに違反すると、訴訟に発展することもあります。重要性については契約書と同じ、と考えてください。

では、普通の契約書と LOI 、何が違うのでしょうか?
ずばり、書き方です。
では、例文を見て見ましょう。

【例文】

  (mm/dd/yy)   

XYZ Company
   (address)   
Attention: Mr. Michael Jackson
       President

LETTER OF INTENT

Dear sirs,
This letter will serve to express, and when signed by both parties hereto, will constitute the following agreement

1.
2.
3.

If this letter correctly sets forth your understanding of the Agreement between XYZ and ABC, please kindly so indicate by signing the copies of this letter and returning one of the executed copies to us.
Very truly yours,

ABC Corporation
          
By: Richard Nixon 
Title: Managing Director 

Confirmed and Agreed: 
XYZ Company
          
By: Michael Jackson 
Title: President 



【訳文】

   (日付)  

XYZ 社御中
 XYZ社の住所   
社長
マイケル・ジャクソン様

レター・オブ・インテント

拝啓
本レターは、以下の事項を記載するためのものであり、両当事者により署名されたときは、当事者間の契約となります。

1.
2.
3.

このレターが、XYZ 社およびABC社の間の契約について、御社の了解事項を正しく記載している場合は、本レターの写しにご署名をいただき、署名捺印済みのその一部を当社まで送付することにより、ご確認いただきたくお願い申し上げます。

敬具

ABC 社
  (署名)  
署名:リチャード・ニクソン
役職:代表取締役

上記の通り、確認し同意する
XYZ 社
  (署名)  
署名:マイケル・ジャクソン
役職:社長

1~3の空欄には、契約書の本文に相当する部分で、具体的な合意事項を記載します。もちろん、3つ以上でも未満でも構いません。
書式はあくまでもビジネス・レターです。
ただ、Very truly yours, の後に、Confirmed and Agreed:(上記の通り、確認し同意する)とあり、その下に両当事者が署名しているところが異なります。

このLOI は ABC 社側が作成して XYZ 社側に送っているので、XYZ 社側にとって内容に異議がなければ、このまま署名してABC 側にその一部を送り返すと、LOI として成立したことになります。Confirmed and Agreed の部分は、Acknowledged and Agreed とか、Confirmed and Accepted とか、他の表現もありますが意味は同じです。

◆覚書
LOI と同様、契約書の前段階に作成する文書に「覚書」があります。Memorandum Of Understanding (=MOU) といったり、ただ Memorandum といったりします。
役割もレター・オブ・インテントと同じと考えていいでしょう。
ただ、形式がレターではない、正式な契約書よりも簡略化されている、というだけです。
簡略化と言っても、MOU によっては、正式な契約書と同じくらい長くて詳細で、タイトルが MOU となっているだけで、どう見ても普通の契約書にしか見えないものもよくあります。
それでも、契約書のように一般条項など決まった条項を盛り込む必要はなく、比較的自由に内容を決めて作成することができるのが、MOU です。

このような予備的合意書( LOI も MOU も含め)が、法的拘束力をもたないようにしたい場合には、次のような文章が挿入されます。

【例文】
This letter (memorandum) is not intended as a formal contract between the parties hereto but merely as a statement of the present intention and understanding of the parties.

【訳文】
このレター(覚書)は、本レターの両当事者間の正式な契約書ではなく、両当事者の現時点での意思と了解事項を記載したものに過ぎません。

こういった一文がなくても、合意事項の内容や合意書を交わした後の当事者の行為などによって、法的拘束力が認められる場合もありますが、詳しいことは難しくなるのでここでは省きます。

◆法律の条文
国際的なビジネスに従事している企業は、自社の事業が関連する国の、関連する法律を守っていなければなりません。これをコンプライアンス (compliance =法令順守)といいます。
たとえば、米国に支社/支店を置く日本の証券会社は、米国の証券取引法などの関連諸法を守っていなければならず、それらの法律に改正や、新法、関連規則や命令の制定などがあれば、それもすべて把握していなければなりません。
その他の場合でも、企業が新しくどこかの国の市場に参入する時や、政府機関で外国の法令を参考にしたい時などに、法律の条文を入手して理解するために、法律の条文の翻訳が必要となるのです。

条文の翻訳は、契約書と比べて特別難しいということはありません。
テロリストなど犯罪者の資金洗浄(マネーロンダリング)を防止するために英国で制定された最近の法律を少し見てみましょう。

【例文】
Proceeds of Crime Act 2002

PART 2

CONFISCATION: ENGLAND AND WALES

Confiscation orders

6 Making of order

(1) The Crown Court must proceed under this section if the following two conditions are satisfied.

(2) The first condition is that a defendant falls within any of the following paragraphs-

 
(a) he is convicted of an offence or offences in proceedings before the Crown Court;

(b) he is committed to the Crown Court for sentence in respect of an offence or offences under section 3, 4 or 6 of the Sentencing Act;

(c) he is committed to the Crown Court in respect of an offence or offences under section 70 below (committal with a view to a confiscation order being considered).

【訳文】
2002年犯罪収益没収法

第2章

没収:イングランドとウェールズに適用

没収命令

6 命令の発布

(1) 刑事裁判所は、以下の2つの条件が満たされた場合、本条に基づき手続きを行わなければならない。

(2) 第1の条件は、被告が、以下の (a) ~ (c) のいずれかに該当する場合である。

  (a) 被告が、刑事裁判所における手続きにおいて、1または複数の犯罪について有罪となった場合。

(b) 被告が、量刑法の第3条、4条、または6条に基づく1または複数の犯罪に関して、量刑を言い渡されるために刑事裁判所に引渡された場合。

(c) 被告人が、以下の第70条に基づく1または複数の罪状(検討されている没収命令に関しての犯罪行為)に関して、刑事裁判所に引渡された場合(該当する没収命令に関する手続き) 。

英米法を用いる国の法律は、「XXXXX Act」と書いて「~法」という意味になります。
その他に、Statute of ~(最近の法律では見かけられません)、Law on ~という形式もあります。
また、制定された年をその法律のタイトルにいれます。
法律のタイトルの訳し方は、既に制定されて一定の時間が経っているものは、日本語の定訳ができているかもしれませんので、インターネットや手持ちの辞書などで調べましょう。
法務省をはじめ、日本の政府機関のサイトで言及されていれば、それを用いるのが無難でしょう。

欧州連合 (EU) の場合は、「法律」というものはありませんが、Directive (指令)は、拘束力がある命令なので、法律と同じと考えます。加盟国の法律と、EU の指令が若干異なる場合などもあり、EU 指令の翻訳も時々発生します。

特定の機関名 (上の例でいうと Crown Court) について、古いものや有名なものは定訳があることも多いので、調べましょう。英語では同じ名称の機関であっても、たとえば英国と米国、あるいはオーストラリア、カナダなどでも、訳し方が異なるかもしれませんので、確認しましょう。

例文の法律は刑法なので、convicted of (~で有罪判決を受ける)、offence (犯罪)、defendant (被告)、sentence (量刑) などの、刑法によく使用される用語・表現が出てきます。見慣れないだけで難しくはありませんから、覚えてしまいましょう。

さて、今回は契約書から少しはなれて、LOI、MOU、そして法律の条文の翻訳についてお話しました。契約書に比べて翻訳の仕事が発生する頻度は低いですが、仕事が発生してから「見たことがない!」では困りますので、勉強してみましょう。

次回は、英文契約書に特有の表現についてお話したいと思います。
お楽しみに!

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記事を書いた人

江口佳実

神戸大学文学部卒業後、株式会社高島屋勤務。2年の米国勤務を経験。1994年渡英、現地出版社とライター契約、取材・記事執筆・翻訳に携わる。1997 年帰国、フリーランス翻訳者としての活動を始める。現在は翻訳者として活動する傍ら、出版翻訳オーディション選定業務、翻訳チェックも手がける。

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