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カンタン法律文書講座 第九回 契約書の種類(3)

江口佳実

カンタン法律文書講座

英米法によるカンタン法律文書講座
第九回契約書の種類(3)
以前、4回「契約書に登場する代表的な条項とその特徴(2)の講座で、一般条項の1つである「守秘義務」条項についてお話しました。契約によって他の企業と特定の関係を結んだことにより、自社の大事な秘密情報が不正に使用されたり、第三者に漏れてしまったりするのを防ごうという目的で挿入される条項でした。

この守秘義務について、もっと詳しく決めておきたい場合、別個の契約として秘密保持契約書を交わしておくことも多いのです。また、企業同士の守秘義務契約だけではなく、その企業と従業員の間にも、その従業員が相手方企業の秘密にアクセスする可能性があれば、秘密保持契約を締結することを求める場合もあります。

私たち翻訳者も、翻訳という仕事を通してクライアントさんの企業秘密に触れることになりますので、秘密保持契約を締結するのが普通です。

では、具体的に条文を見ていきましょう。

秘密保持契約書

秘密保持契約書に必要な要素は、主に次の5つです。

・誰が情報を共有するか?

・どんな情報が機密情報であるか/ないか?

・どのように情報を利用することができるか/できないか?

・秘密を保持する期間は?

・情報の取扱い方

【例文】
Confidentiality Agreement

This Confidentiality Agreement (this “Agreement”) is entered into by and between ABC, Inc., a Delaware corporation with its principal office at (“ABC”), and the undersigned recipient of information from ABC, including the undersigned recipient’s officers, directors, employees, agents and representatives (collectively, “Recipient”), with reference to the following facts:

【訳文】


第8回 契約書の種類③

秘密保持契約書

本秘密保持契約(「本契約」)は、  (住所)  に主たる事業所を有するデラウェア州の企業、ABC社(「ABC」)および、下記に署名をするABCからの情報の受領者の間において、以下の事実に関して締結されるが、かかる受領者には、下記に署名する受領者の役員、取締役、従業員、代理人、および代表者(総称的に「本件受領者」)も含まれる。


契約書のタイトルは、Confidential Agreement の他に、Non-Disclosure Agreement、Secrecy Agreement なども使われます。Non-Disclosure Agreement は「NDA(エヌ・ディー・エー)」と呼んだりもします。訳語も「守秘義務契約」「非開示契約」「機密保持契約」(順不同)などがありますが、それぞれ違いはありません。Secret よりもConfidential の方が秘密の度合いが重大だろうとか逆だとか、そういうこともありません。防衛・軍事のような国家機密の問題などでは、重要度合い別に Confidential、Secret、Top Secret、などに分類することがありますが、秘密保持契約の中では、この分類は関係ありません。

秘密保持契約の最初の要素、「誰が」については、このように冒頭の部分で示されることがほとんどです。契約の両当事者が相互に情報の開示者であると同時に受領者になることもありますが、例文ではABCが開示者、他方当事者が受領者になっています。

さらに例文では、受領者の方は、役員や従業員も「受領者」に含まれる、ということも定められています。

開示者を Disclosing Party、Discloser とする場合もあります。受領者の Recipient の代わりに Receiving Party ということもあります。

【例文】
WHEREAS ABC envisages that it may and will, in the course of its business relationship with Recipient, disclose certain Confidential Information (as defined in Article 1 below) to Recipient, and WHEREAS, prior to ABC’s disclosure of the Confidential Information to Recipient, Recipient is required to enter into this Agreement to preserve the confidentiality and restrict its use of such Confidential Information,

【訳文】


ABC は、受領者との取引関係において、一定の機密情報(以下第1条に定義する)を受領者に開示する場合があることを予測する。

ABCによる機密情報の開示の前に、受領者は、かかる機密情報の機密を保持し、その使用を制限するために、本契約を締結しなければならない。

例文はWhereas 条項で、開示側の当事者と受領側当事者がどのような経緯でこの秘密保持契約を締結するのか、また何を要求されるかの概要が示されています。

この例文では、in its business relationship with Recipient と、具体的にどのような取引なのかは示されていませんが、具体的に「○年○月○日付の○○契約の履行において」などと、基本となる契約が明示される場合もありますし、「開示者側のこれこれの製品に使用する何々の部品を受領者に製造・供給させる過程において」など、具体的な取引の内容が書かれる場合もあります。

Confidential Information の代わりに、Proprietary Information という表現が使われることがありますが、同じ意味になります。訳は「機密情報」でも「秘密情報」でも構いません。

【例文】
“Confidential Information” includes or involves certain information of a character regarded by ABC as confidential, including but not limited to, trade secrets, know-how, techniques, designs, drawings, specifications, and data, as well as any and all improvements and modifications made to the said items above either by ABC or Recipient.

【訳文】

「機密情報」は、ABC が機密であるとみなす性質を持つ一定の情報を含む、またはこれに関与するものであり、トレードシークレット、ノウハウ、技術、設計、図面、仕様、およびデータ、ならびにABCまたは受領者によって上記のものに加えられた改良または変更の全てを含むが、これらに限定されない。

ここで「どんな情報か」が示されます。例文では、開示側のABCが「これは confidential である」と考えるものはすべて含まれることになっています。契約書によっては、開示者が開示する際に「機密」と指定したもの、と定める場合もあります。

開示された情報(設計や技術など)に、受領側が改良を加えた場合(もちろん、開示者の同意を得て)、改良されて出来上がったものについて、契約書において「開示者の所有となる」とか、「受領者は無料でこれを開示者に譲渡する」などと定めておくことが多いものです。したがってこれも、「機密情報」に含まれ、第三者に無断で開示してはならないものとされるのです。

【例文】
Confidential Information shall not include any information which Recipient can show by written records:

(a) was in the public domain prior to disclosure to Recipient, or thereafter comes into the public domain without the fault or breach of any confidentiality obligation by Recipient,

(b) was known by Recipient prior to disclosure,

(c) was later disclosed to Recipient by a third party not in violation of any obligations of confidentiality from or through ABC,

(d) is later independently developed by Recipient without using Confidential Information.

【訳文】
機密情報には、受領者が書面での記録によって以下のことを証明できる情報は含まれないものとする。

(a) 受領者への開示の前に公有のものであった、または、その後、受領者の守秘義務の不履行または違反なくして公有のものになる情報。

(b) 開示の前に受領者が知っていた情報。

(c) ABCからの守秘義務に違反していない第三者によって、後に受領者に開示された情報。

(d) 後に受領者によって機密情報を一切使用せずに独自に開発された情報。

ここでは、「どんな情報が機密情報に含まれないか」を示しています。

その内容は、ほとんどどの守秘義務契約でも同じなので、このまま覚えてしまってもいいくらいです。

public domain とは、「公有のもの」と訳され、発明や著作物について、発明者や著作者が著作権などの所有権を主張できず、一般公衆が自由に利用できる状態のものを意味します。たとえば日本における著作権は、著作者の死後50年で消滅し(著作権法第51条2項)、その後は in the public domain となります。

【例文】
Recipient agrees that it may use the Confidential Information for the sole purposes intended under the business relationship between ABC and Recipient. Otherwise Recipient shall hold the Confidential Information in the strictest confidence and shall not without ABC’s prior written authorization (a) permit ay third party access to the Confidential Information, (b) transfer or distribute the Confidential Information to any person or entity, (c) make copies of or otherwise reproduce in any manner the Confidential Information, or (d) make any commercial use of the Confidential Information, including but not limited to, selling, leasing or licensing the Confidential Information.

Recipient may disclose Confidential Information only to its officers, directors, employees, agents and representatives who have a need to know the same for purposes of this Agreement and who have signed a non-disclosure agreement with their employer.

【訳文】
受領者は、ABCおよび受領者の間の取引関係に基づき意図される目的においてのみ、機密情報を使用することに同意する。それ以外では、受領者は、機密情報の機密を最も厳密に保持するものとし、ABCの事前の書面による承認を得ずして、(a) いかなる第三者にも機密情報にアクセスさせない、(b) 機密情報をいかなる人物または事業体にも移転または配布しない、(c) いかなる形式においても機密情報をコピーまたは複製しない、または、(d) 機密情報の売却、リース、またはライセンス付与を含めこれらに限定されず、機密情報を商業的に利用しないものとする。

受領者は、本契約の目的のためにこれを知る必要のある、受領者の役員、取締役、従業員、代理人、および代表者で、その雇用主と非開示契約を締結した者にのみ、機密情報を開示することができる。

ここでは機密情報の利用の制限を述べています。

その内容も、多くの守秘義務契約で共通するものなので、ここもしっかり覚えておきましょう。

機密情報は両当事者の取引関係の中で必要な範囲でのみ利用できるとされ、(d)では、この機密情報を他者に売ったり、ライセンスを付与してはならないと述べています。契約書によってはさらに細かく、受領者側のパンフレットやHPなどで開示者の機密情報や開示者と取引関係があることすら公開してはならない、と定めているものもあります。

2つめの段落で触れられている a need to know については、need-to-know basis/principle などともいわれ、機密保持の中で重要な概念です。開示する側としては情報の流布はなるべく最小限に抑えたいわけですから、受領者側でもすべての人がABC社の機密情報を利用して良いわけではなく、「知る必要がある」人にのみ、これを利用する権利・資格があると決めておくのです。例文ではさらに、機密情報にアクセスする人は全て、非開示契約を締結するように、と決めています。

【例文】

The Recipient’s obligations provided above in connection with the Confidential Information shall become effective on and remain effective for 5 years from the Effective Date hereof.

【訳文】
機密情報に関して上記に定める受領者の義務は、本契約の発効日に効力を発し、その後5年間、有効であるものとする。

守秘義務の継続する期間を定めています。
大抵は、例文のように守秘義務契約の発効日や、背景にライセンス契約や売買契約などの基本契約がある場合は、その基本契約が終了または解除する日から、一定の期間(例文では5年)、秘密を守る義務があると定めます。

【例文】
Recipient shall use the same degree of care as it uses with its proprietary information of a like nature (but in no event less than a reasonable degree of care) to hold Confidential Information in confidence


【訳文】

受領者は、機密情報の秘密を保持するために、同様の性質を持つ自己の専有情報に用いるものと同等の(ただしいかなる場合も、相当の注意の程度を下回らない)注意を払うものとする。

機密を保持するために行うべきことの基準を定めておく条項です。

reasonable degree of care は、英米法における注意義務の基準を示す概念を表す表現です。reasonable care で「相当の注意」と訳します。

reasonable というのは、思慮分別のある一般人の普通の判断ではこの程度だろう、というレベルを表す言葉です。

例えば、車を運転する人は、事故を起こさないために reasonable care を用いなければならず、事故を起こしたときに携帯電話で通話しながら運転していたとか、飲酒していたとか、これを下回る程度の注意しか払っていないことが立証されれば、その運転者に過失があったことになるわけです。

機密保持で要求されるのは通常、例文のように、受領者が自分の機密情報を不正使用や漏洩から守るために取っている措置や制度を同じように、開示者の機密情報にも適用することです。

proprietary information をここでは「専有情報」と訳していますが、Confidentiality Information の訳語「機密情報」と区別するために訳語を変えています。proprietary は、「所有権の(ある)」「財産の」という意味です。proprietary right で「財産権」です。

【例文】
Recipient agrees that all information, including drawings, designs, specifications, data, and other material pertaining to Confidential Information and obtained from or through ABC shall remain the property of ABC. Recipient agrees to return all such Confidential Information to ABC, and all copies thereof, at the request of the ABC.


【訳文】
受領者は、機密情報に関連する、かつABCから入手した、図面、設計図、仕様書、データ、およびその他の資料を含め、全ての情報が、引き続きABCの財産であることに同意する。受領者は、ABCの要求に応じて、かかる機密情報およびそのコピーを全て、ABCに返却することに同意する。

機密情報は図面やデータなど様々な形で受領者に開示されます。そのいずれについても、受領者に引渡された後も、開示者に所有権があることを明記する条項です。

開示側当事者から要求があった場合については、例文のように返却する以外で、破棄する(destroy)、処分する(dispose of)などの措置が要求され、場合によってはその証明書を提出するよう要求されることがあります。

【例文】
In the event Recipient is required to disclose the Confidential Information pursuant to a court order or lawful demand of a governmental agency, Recipient shall promptly notify ABC of such requirement prior to making any such disclosure and provide reasonable cooperation to ABC so that ABC may contest the required disclosure or intervene to seek appropriate protective orders.

【訳文】
受領者が、裁判所の命令や合法的な政府機関の要求によって機密保持を開示するよう要求される場合、受領者は、かかる開示を行う前にABCにかかる要求について直ちに通知するものとし、かつ、ABCが要求された開示に異議を申立てる、または適切な保護命令を申立てるために介入することができるよう、ABCに合理的な協力を提供するものとする。

機密情報を第三者に開示しないことを定めていても、裁判所や警察などの政府機関に開示を要求される可能性もあります。その場合でも、開示する内容をなるべく制限したり、開示そのものに異議を申立てるなどして機密情報を守るために、例文のような条項を挿入しておきます。裏を返せば、それだけ機密情報が企業にとって重要かつ大きな価値のあるものだということです。


さて、今回の秘密保持契約はいかがでしたか。
これからも、知的財産や情報は企業にとって今にもまして非常に重要なものになるはずであり、一方で不正に使用されたり漏洩される危険も高くなります。
秘密保持契約書が利用されることも増えていくことでしょう。
今回紹介した条項は、多くの秘密保持契約書に共通して見られる条項ばかりです。内容は決して難しくはありませんから、全て覚えてしまうくらいにしておくと良いでしょう。

次回は契約書以外の法律文書について、触れてみたいと思います。

お楽しみに!

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Written by

記事を書いた人

江口佳実

神戸大学文学部卒業後、株式会社高島屋勤務。2年の米国勤務を経験。1994年渡英、現地出版社とライター契約、取材・記事執筆・翻訳に携わる。1997 年帰国、フリーランス翻訳者としての活動を始める。現在は翻訳者として活動する傍ら、出版翻訳オーディション選定業務、翻訳チェックも手がける。

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