ライセンス契約書
ライセンス契約書のライセンス (license / licence) とは、法律用語で「実施許諾」あるいは「使用許諾」といい、ライセンス無しで使用できないものの使用を許可することです。たとえば、間もなくサッカーのワールドカップが始まりますが、今回のドイツ大会のグッズを作って売りたい場合、製造・販売元のA社はFIFA(国際サッカー連盟)と、FIFAのロゴや大会のマークの使用に関するライセンス契約を交わさなければなりません。
法人間の契約でなくても、たとえば何らかのソフトウェアをオンラインでダウンロードする時に、
“Software End User Agreement” という契約書が画面に現れて、「同意する」をクリックしないとダウンロードできない仕組みになっているなど、一般の人でもお世話になることがある契約書です。
ライセンス契約書のベースにあるのは、知的財産権 (intellectual property)、という考え方です。金銭や譲渡可能証券
(negotiable instrument)、あるいは物品や土地などの有形の (tangible)
財産だけではなく、技術的な発明やデザイン、音楽や映画などのコンテンツも、無形 (intangible)
ですが、私たちはそれを利用したり楽しんだりするためにお金を払います。すなわち、これらの所有者や作成した人にとっては「財産」です。
従来、技術的な発明に対しては、特許 (patent) という形で知的財産権が認められてきましたが、すべての技術に特許が認められるわけではありませんし、音楽や映画やワールドカップのマークは発明ではないので、特許性がある
(patentable) ものではありません。最近、トリノ五輪で金メダルをとったフィギュアスケート荒川静香選手の得意な技、『イナバウアー』の商標登録を試みている企業があると聞きましたが、どうなんでしょうね。ですが、このように企業は自社の利益になるものならば、あるいは損失とならないよう、あらゆる方法を尽くして知的財産権を保護しようと努力しています。そうして知的財産権を多く保有するアメリカなどの国を中心に、国家が、財産であると考えられるものには知的財産権を認め、これを法律で保護することになっています。ブランドのロゴやデザインなども同様で、中国などでは偽ブランド品や音楽・映画などの海賊版の販売が横行し、知的財産権を持つ側を悩ませています。これはたとえば中国という国や国民が違法行為に平気だというよりも、知的財産権という考え方がしっかり根付いていないことが要因だとも言われています。
さて、ライセンス契約書で基本的に必要なのは、頭書や一般条項(第6回までの講座で復習してください)の他に、(1)
ライセンスの内容、(2)
使用料=ロイヤルティの金額や支払条件、(3)
記録の保持、(4)
権利侵害がないことの保証、(5)
秘密保持、といったところです。
では、具体的に条項の例文を見ていきましょう。
(1) ライセンスの内容
ライセンス契約で最も重要な条項になります。具体的にはライセンスの対象となるもの(特定の技術、ソフトウェア、アニメのキャラクターなど)、利用できる人(=ライセンシー:licensee)、利用できる場所や地域、期間、権利の条件(独占的/非独占的、サブライセンス可能/不可能、など)などを定めます。
【例文】
I . Content of
Licensed Products; Grant of License
The materials that are the subject of this
Agreement shall be the Software and relating
documentation manufactured, sold, and provided
by Licensor
(hereinafter referred to as the "Licensed
Products").
Licensor hereby grants to Licensee an exclusive
and non-transferable right to use the Licensed
Products and to provide the Licensed Products
to Authorized Users in Japan in accordance
with this Agreement.
【訳文】
I ライセンス製品の内容、ライセンスの付与
本契約の対象となるものは、ライセンサーが製造、販売、および提供するソフトウェアおよび関連ドキュメンテーションであるものとする(以下、「ライセンス製品」という)。
ライセンサーはここに、本契約に従い、日本における、ライセンス製品の利用および認定ユーザーへのライセンス製品の提供についての、独占的かつ譲渡不能な権利をライセンシーに対して付与する。 |
例文では、ライセンス付与される対象となるものの指定と、ライセンスの付与が同じ条項で書かれていますが、ライセンスの対象やその他の重要な用語を「定義 (Definition)」の条項 (第3回を振り返ってください) で、まとめて列記している場合も多いです。
ライセンスを「実施権」、grant of license を「実施許諾」、licensee を「実施権者」、licensor を「実施許諾者」と訳しても、もちろん構いません。
利用できる人については、たとえばソフトウェアのエンドユーザ・ライセンスの場合であれば、大抵は購入者個人だけがライセンシーに指定されるでしょう。企業間の場合、ソフトウェアのエンドユーザ・ライセンスでも、複数の利用者が認められる場合があります。その他、契約当事者の企業とその子会社・関連会社がまとめてライセンシーと認められることもあります。
利用が認められる場所/地域については、上記の例文では「日本」と指定されていますね。このような指定が特にない場合や、worldwide right (全世界での権利)と明記される場合もあります。ソフトウェアのエンドユーザ・ライセンスであれば、「ライセンシーの所有するPC1台だけ」といった指定もあるでしょう。
exclusive は「独占的」ですね(第7回をご覧下さい)。例文では、日本でこのライセンスを利用できるのは、このライセンシーだけということになります。non-transferable とは、このライセンスを第三者に譲渡することはできない、という意味になります。
サブライセンスとは、ライセンシーが、ライセンサーから付与されたライセンスの権の利用を、さらにまた第三者に対して許可することです。
サブライセンス付与が不可能であるという条件にしたいときは、without the right to grant a sublicense, というフレーズを、例文では2つ目の段落になる、grant の条項に加えておけば良いでしょう。
【例文】
Licensee may grant sublicenses consistent with this Agreement if Licensee is responsible for the operations of its sublicensees relevant to this Agreement as if the operations were carried out by Licensee, including the payment of royalties whether or not paid to Licensee by a sublicensee.
【訳文】
ライセンシーは、本契約と整合性のあるサブライセンスを付与することができるが、ライセンシーは、本契約に関連するサブライセンシーの運営を、あたかもかかる運営がライセンシーによって実行されているかのように、責任を負わなければならず、これには、サブライセンシーがライセンシーに対してロイヤルティを支払っているか否かにかかわらず、ロイヤルティの支払いも含まれる。 |
(2) ロイヤルティ
ロイヤルティ (royalty) とは、ライセンス製品を使用させてもらう代わりに、ライセンシーがライセンサーに支払う料金のことです。個人が映画のDVDやPC用のソフトウェアを購入した場合は、ロイヤルティを払うことはまずないでしょう。しかし、ある会社がFIFAのロゴ入りTシャツを販売する場合は、その会社 (ライセンシー) は一定のロイヤルティをFIFA (ライセンサー )に支払わなければなりません。
【例文】
In consideration of rights granted by Licensor to Licensee under this Agreement, Licensee will pay Licensor the following:
(i) A nonrefundable initial payment in the amount of $___________, due and payable when this Agreement is executed by Licensee;
(ii) An annual license reissue fee in the amount of $______________, due and payable on each anniversary of the Effective Date beginning on the first anniversary;
(iii) A running royalty equal to __% of Net Sales for Licensed Products
【訳文】
本契約に基づきライセンサーによってライセンシーに付与された権利の対価として、ライセンシーはライセンサーに対し、以下の通りの支払いを行なう。
(i) ライセンシーが本契約書に署名捺印した時点で支払われるべき、払い戻し不能なイニシャル・ペイメント_______ドル。
(ii) 年1回の、ライセンス再発行手数料_______ドルで、発効日から1年目の同じ日付に開始して、毎年の同じ日付に支払われる。
(iii) ライセンス製品の純販売額の___%に相当する、ランニング・ロイヤルティ。 |
in consideration of ~ というのは、契約書にこのように使用される場合、「~の約因として」「~の対価として」という意味になります。「約因」については、また別の時に詳しくご説明したいと思います。
イニシャル・ペイメントは「一時金」とも訳しますが、条文の通り、最初に一括して一定の金額を支払うものです。
(i)と(ii)にある due and payable ですが、due は「支払う義務がある」「支払期限が到来している」という意味の形容詞、payable も「支払うべき」という意味です。法律文書でよく使われる、同じ意味の言葉を繰り返す表現です。
ランニング・ロイヤルティは、(iii)の条文にあるとおり、ライセンスの実施の実績(例文では純販売額ですが、総販売額や個数の場合もあり)に対して一定の比率で算出して金額が決まる、ロイヤルティです。
ライセンサーとしては、なるべく多くの金額が安定して入る方が良いわけですから、販売額などによって変動しない「minimum royalty = ミニマム・ロイヤルティ」を定める場合もあります。
(3) 記録の保持
ロイヤルティを正確に正当に算出するためには、ライセンシーがライセンス製品をどれだけ販売したのかが分からないといけません。ライセンシーが売上を隠して過小申告しないよう、記録をきちんと保持する義務を定め、さらにライセンサーが時折その記録を検査することができる権利があると合意しておく必要もあるでしょう。
【例文】
5.1 During the Term of this Agreement and for 1 year thereafter, Licensee agrees to keep complete and accurate records of its Sales and Net Sales of Licensed Products under the license granted in this Agreement in sufficient detail to enable the royalties payable hereunder to be determined.
【訳文】
5.1 ライセンシーは、本契約の期間中およびその後1年間は、本契約において付与されたライセンスに基づくライセンス製品の販売高および純販売高の完全かつ正確な記録を、本契約に基づき支払われるべきロイヤルティを決定することができるよう充分に詳細に、保持することに同意する。 |
【例文】
5.2 Licensee agrees
to permit Licensor or its representatives,
at Licensor’s expense, to periodically examine
its books and records during regular business
hours for the purpose of inspecting and
to the extent necessary to verify any report
required under this Agreement.
【訳文】
5.2 ライセンシーは、ライセンサーまたはその代表者が、本契約に基づき求められる報告が妥当であることを確認する目的で、かつ、そのために必要な範囲において、ライセンサーによる費用負担で、定期的に、通常の営業時間中にライセンシーの帳簿および記録を検査することを認めることに同意する。
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【例文】
5.3 If the amounts due to Licensor are determined to have been underpaid, Licensee will pay the cost of the examination and accrued interest at the highest allowable rate.
【訳文】
5.3 ライセンサーに支払われるべき金額が、未払いであると判断された場合、ライセンシーは、検査の費用および、認められる限り最高の利率での未払い利息を支払う。 |
(4)権利侵害がないことの保証
ライセンスを付与するからには、ライセンサーはライセンスを付与する権利を持っていなくてはなりません。たとえばA社はB社が開発・販売しているソフトウェアについて、B社からライセンス権を得ることなく勝手に、A社の顧客にそのソフトウェアを使用するライセンスを付与してはならないのです。そこでライセンス契約書では、ライセンサーがその権利を保有していることを明記し、ライセンスの対象となるものを使用しても、第三者から権利の侵害だと訴えられることはないことを保証する条項が必要となります。
【例文】
Licensor warrants that it has the right to license the rights granted under this Agreement to use Licensed Products, that it has obtained any and all necessary permissions from third parties to license the Licensed Products, and that use of the Licensed Products by Authorized Users in accordance with the terms of this Agreement shall not infringe the copyright of any third party.
【訳文】
ライセンサーは、本契約に基づき付与されたライセンス製品を使用する権利をライセンス付与する権利をライセンサーが有していること、ライセンス製品をライセンス付与するために必要な全ての承認を第三者から取得していること、および、本契約の条件に従いライセンス製品を認定ユーザーが使用することが、いかなる第三者の著作権をも侵害していないことを保証する。 |
例文の1文目はright(s) が重なってややこしいですが、後者の rights はこの契約書で付与されるライセンス(実施権)のことを指し、前者の right はその実施権をライセンシーに付与する権利を指します。
any and all necessary permissions from third parties については、たとえば、ライセンス製品がPC用ソフトウェアだとして、そのソフトウェアの中に、ある写真が使用されているとします。ライセンサーはその写真をこのソフトウェアに使用するにあたり、その写真を撮った人から使用の許可を得ていなければ、これも著作権の侵害 (infringement of the copyright) となってしまいます。したがってライセンサーは、そういった第三者からの承認の全てを取得済みであることと、したがって、これを認定ユーザーが使用しても、誰からも著作権侵害を申立てられることはないことを、保証しているのです。
余談ですが、会社がソフトウェアなり何らかの製品を開発した場合、実際にその仕事をしたのは会社の従業員というそれぞれの個人です。あるいは下請の会社の従業員、または独立のデザイナーなどかもしれません。この場合の知的財産権(著作権)は誰のものでしょうか? 今の著作権法では、たとえばテレビの番組制作会社がある番組を制作したとして、その番組の著作権が誰のものであるかというと、制作した従業員と制作会社の間の雇用契約などで従業員の権利となると明記されていない限り、その製作会社のものになると規定されています(著作権法第15条)。いや、オレはそんなのは嫌だと思う人は、著作権などの知的財産権をもらえるよう、会社との間で契約を交わすようにしなくてはなりません。成功すれば、自分が開発した商品で、会社からロイヤルティを支払ってもらえるようになりますよ!
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