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第91回 世界経済フォーラムのレポート①

土川裕子

金融翻訳ポイント講座

こんにちは。今回は「世界経済フォーラム(WEF)」が2025年1月に発行した世界経済の最新見通し「Chief Economists Outlook: January 2025」から一部取り上げようと思います。世界のマクロ経済に関するごく基本的な文章ですから、経済初心者の方もぜひチャレンジしてみてください。

今回は1. Downside risks have risenの冒頭の段落です。

【本日の課題】
The outlook for the global economy remains subdued and downside risks have intensified, not least because of heightened uncertainty around the economic implications of November’s US presidential election. According to the World Economic Forum’s latest survey of chief economists, a majority (56%) expect the global economy to weaken over the next year compared to 17% who expect it to strengthen. Compared to the last survey in August 2024, expectations for the year ahead have softened.

●subdued
案外訳しにくい言葉です。辞書の語義は「和らげられた、抑制された」などですが、経済・金融で使われる時は「低迷、低調」などを充てるとしっくり来ることが多いように思います。主語の方を工夫すれば「低水準」もOK。

同じような表現として課題文最後のsoftenがありますが、こちらはsubduedと違って動きがありますので、「悪化」とか「軟化」、あるいは「弱まる」などを使います(数値であれば「低下」)。

●downside risks
現在の見通しよりも悪化するリスクのことです。そのまま「ダウンサイド・リスク」でもいいですし、「下振れリスク」も可。

逆はもちろんupside risk(アップサイド・リスク、上振れリスク)。上昇するのにリスクなの?と思われるでしょうか。例えば、だいたいの人にとって株価は上がる方がうれしいものですが、中には「株価が下がった時に利益が出る」ように動いている人たちもいるわけで(そういう株式オプションを購入しているとかですね)、そういう人たちにとっては「リスク」になります。ただWEFのような世界的な機関が経済成長について語る場合は、上昇=良いという前提なので、あまりupside riskという表現は見かけません。

●heightened uncertainty around the economic implications of November’s US presidential election
直訳すれば「11月の米国の大統領選挙の経済的な影響に関する高まった不確実性」ですが、もちろんこのままではいけませんので、何とか日本語らしくしましょう。こういった名詞の羅列は、主語と述語のある文章にした方が自然になるケースが多いように思います。

またheightened uncertaintyのように、現在分詞や過去分詞を形容詞的に使っている場合、順序を逆にして訳す手もあります。例えばgrowing optimismなら「楽観論の広がり」、elevated inflationなら「インフレ率上昇」など。

ただし過去分詞のelevated inflationは、はっきりと完了の意味、つまり「高まったインフレ率」=「インフレ率の高止まり」というニュアンスで使われていることもあり、そこは文脈次第ですので、要注意です。

それでは訳してみましょう。いつもは「ですます」ですが、ちょっと気分を変えて「である」調で。

【本日の課題】(再掲)
The outlook for the global economy remains subdued and downside risks have intensified, not least because of heightened uncertainty around the economic implications of November’s US presidential election. According to the World Economic Forum’s latest survey of chief economists, a majority (56%) expect the global economy to weaken over the next year compared to 17% who expect it to strengthen. Compared to the last survey in August 2024, expectations for the year ahead have softened.

【試訳】
世界の経済見通しはなお低調で、下振れリスクが強まっている。2024年11月の米大統領選挙による経済への影響を巡り、不透明感が高まっていることが最大の原因だ。世界経済フォーラムが実施した直近のチーフエコノミスト調査では、2025年に世界経済が弱含むと予想するエコノミストの割合は56%と過半に達しているのに対し、力強さが増すと予想したエコノミストは17%にとどまった。2024年8月の前回調査と比較して、2025年の成長見通しは軟化している。

※not least because~:「特に~という理由で」。しかし段落冒頭ですので、いきなりこの理由の部分から訳すのはNG。上記訳のように、まずはメインの主張から始める形としましょう。

※比較の文章は、正直、英語の構造のまま訳すと非常に不自然になるケースが少なくありません。例えば今回の課題にあるa majority ~ to strengthenの文を英語通りに訳しますと、
2025年に世界経済は力強さを増すと予想する17%に対し、大半(56%)は弱含むと予想している。
になり、まるで下手な作文のよう。よってこういう場合は英語の構造にこだわらず、内容を咀嚼した上で、自分なりに表現することをお勧めします。そういえば英語には「エコノミスト」の文字もありませんね。しかし日本語では「エコノミスト」または「人」を入れるか、でなければ「回答」などを使う必要があります。

ちなみにAI翻訳さん(DeepL)に訳していただくと、この部分は
今後1年間の世界経済の見通しは、強まるとの回答が17%だったのに対し、弱まるとの回答が56%と過半数を占めた。
になりました。「回答」を使うなど一見自然に見えますが、英語の核部分はa majority expect the economy to weaken=「経済が弱含むと予想」であって、「経済の見通し(予想)が強まると予想」ではないので、これは誤訳です。

このシリーズ、何回かに分けてお届けしようと思います。原文はこちらからダウンロードできます。

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記事を書いた人

土川裕子

愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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