第90回 柔らかい文章を訳す⑤
昨年最後の回はお送りできませんでしたので、今回は毎年年末恒例の「柔らかい文章を訳す」で行きたいと思います。金融ビジネス翻訳は、ガチガチの型にはまった原文もある一方、自由奔放に作成された文書も多く、またみょ~に文学的な表現を使いたがる筆者のせいで苦労させられる、なんてことが少なくありません。果ては、日本のテレビならピーッ!音が入りそうな話題とか。
実際つい最近、いやこれどう訳すのよ!!と頭を抱えた原文がありました。
イタリアにあるミラノ証券取引所とそのすぐ目の前に据えられた現代彫刻の話です。取引所自体は、ムッソリーニ時代の建築家メッツァノッテが手掛けた壮麗な建物に入っているのですが、実はそれと対峙する形で、「Il Dito(the finger)」という名の彫刻が置かれていまして…それがなんと、証券取引所に対して中指を立てたポーズになってるんです(興味のある方はIl Ditoで検索してみてください(笑))。台座も入れて高さ10メートル以上。その彫刻についての話が…訳しにくいったらありません。
投資家向け文書だったので、当然ながらそれが本題ではない、訳に時間をかけている場合ではない、でも訳しにくい!!…という、金融ビジネス翻訳あるある状態に陥ったのでした。
以上のエピソードから分かります通り、ワレワレ金融ビジネス翻訳者は、やわらか~い文章を訳す能力も備えなければなりません。ということで、ある英文の訳に挑戦してみましょう。
今年もX(旧Twitter)から、とある映像つきの投稿を拝借します(投稿者はNature is Amazingさんです)。
映像では、濁った川か池かの中を大きな怪しい影が動いて行くところが映っています。最初は、何かの生き物に藻か木切れでもくっついてるように見え、でも魚にしては大きいし、ワニでもないし?? え、なになにブキミ~と見ていると、2本の角がだんだん見えてきて、最後に水牛が顔を出す、という展開です。まさに水の牛、カバみたいに長い時間潜ることができるんですね。Xの「おすすめ」に入っていたので、ご覧になった方もいらっしゃるでしょうか。
これについていた文章が以下です。まずはご自分で訳してみてください。
It took me entirely too long to figure out what it was!
「柔らかい文章を訳す」回の通例として、AI諸氏に訳してもらいましょう。
【Google翻訳氏】
それが何なのか理解するのに、かなり時間がかかりました。
【DeepL氏】
それが何なのか理解するのに時間がかかりすぎた!
うーむ、どっちもつまらないですなー。Googleさんはびっくりマーク落としてるし。やはり大きな問題は、訳し上げている部分にありますね。この順序で訳す限り、日本語ではどうしても不自然になります。せいぜい
理解するのに恐ろしく時間がかかりました!
何か分かるまでにすっごい時間かかった!
とか? でもイマイチ。日本語の順序としては、「あまりに長すぎる時間をかけて、それが何であるかを解明した」の方が自然だと思います。その順序でいろいろ考えてみたのですが、
めっちゃ考えてやっと分かったわ!
しか思いつかない(爆笑)。ま、これもtake me too entirely longを「長く考えて」にしたところ、微妙ではありますので、皆さんもいろいろ工夫してみてくださいね。それでは今年もよろしくお願いします!