第69回 習うより慣れよう②(その1)
こんにちは。以前、「この講座では毎回テーマを設けているが、今後はこれといって特徴のない(テーマにしにくい)文章も時々取り上げようと思う」と宣言して第1回をお送りしてから、はや1年超。月日の経つのは早すぎます。
ということで、今回は久々にごく普通の文章を取り上げます。米国の経済状況と投資家への影響についてまとめた記事の冒頭です。
【本日の課題】
For avid followers of U.S. monetary policy and economic data, the final days of July brought the equivalent of an all-you-can-eat buffet. The conclusion of the U.S. Federal Reserve’s (Fed) two-day policy meeting on Wednesday, July 27, was followed the next day by the release of advance U.S. gross domestic product (GDP) for the second quarter of 2022. Friday, July 29 closed out the trading month with releases on the personal consumption expenditure (PCE) deflator for June and the employment cost index (ECI) for the second quarter of 2022.
文法的には簡単ですが、「あー訳すのめんどくさ」と言いたくなる文章ですね(笑)。今月は個々の部分を見て行きます。
●avid followers
followは、相場の話であれば「追随」や「順張り(逆張りの逆)」になりますが、ここは素直に米国の金融政策や経済データを「熱心に追っている人」です。
●all-you-can-eat buffet
これのどこが普通なの、と言われそうですけれど、時にこういう表現が混ざるのが、金融分野。素直に訳せば「食べ放題のビュッフェ」ですが、さてここでは何を意味しているのか…まずは考えてみましょう。
比喩であることは明らかですから、「食べ放題」などの直訳(?)を入れつつ、何の例えかを丁寧に説明するか、意味だけ汲み取って自分なりの表現にするか。
意味だけ拾って、分かりやすいがつまんない訳にするのは簡単です。でも面白い表現があれば、内容がイマイチ(失礼)でも読み進む気になるかもしれませんし、筆者の意図を尊重することにもなります。…と言いつつ、実際にはそこまで時間がないことがほとんどですので、一通り考えてうまい表現が思い浮かばないようなら、きっぱり諦めて、真意を正確に伝える方に注力すること。「実務翻訳」ですので、そこは忘れずに。なお、わたしの経験から言って、最初にぱっと思い浮かんだ「わたしってまさか天才っ?」と思える表現は、十中八九使えません(涙)。
●The conclusion of the U.S. Federal Reserve’s (Fed) two-day policy meeting on Wednesday, July 27
U.S. Fed policy meetingは、「米国の連邦準備制度理事会(FRB)」が通常2日にわたって開く「連邦公開市場委員会(FOMC)」のこと。日銀の「金融政策決定会合」にあたります。FOMCをFRBが開くのは自明のことなので、日本語では単に「FOMC」としたり、FOMCを出さず「FRB会合」としたり、わりと自由に表現されているように思います。
文脈から見てconclusionは「結論」ではなく「終了」なので注意。主語をFed policy meeting on July 26 and 27などでなく、わざわざThe conclusion of the Fed two-day policy meeting on July 27にしたのは、FOMC自体は非公開で、最終日(2日目)にFRBの声明文が公表され、市場の注目が集まるから、という意味もあるのだろうと思います。
●advance U.S. gross domestic product (GDP)
advanceがありますので、「米国の国内総生産(GDP)速報値」です。
●Friday, July 29 closed out the trading month
trading monthなどとあると、何か特別な月かと思ってしまいますが、要は市場の「開場日(=取引が行われる日)」に着目した表現。2022年7月の場合ですと、29日(金)が月内の最終取引日になりますから、そのことを言っています。
●with releases on the personal consumption expenditure (PCE) deflator for June
まず、PCEは「個人消費支出」。PCE deflatorは「PCEデフレーター:名目個人消費の実質個人消費に対する比率」ですが、詳細は、わたしなどが説明するより専門のサイトを見ていただいた方が良かろうと思います。
なお、物価動向を示す指標として有名なのは消費者物価指数(Consumer Price Index)ですが、実は「FRBはPCEデフレーターの方を重視している」という事実を頭の隅に置いておきましょう。今回は単に他の指標と並んでいるだけなので問題ありませんが、先ほどのFOMC=注目イベントという「常識」と同様、こういった事実は市場関係者であれば誰でも知っているものとして扱われ、筆者もその前提で書いています。金融の文章を読んでいて、英語は平易なのに「さっぱりワケが分からない」時は、翻訳者(自分)だけがその常識から取り残されている可能性があります。従って我々翻訳者は、そういうことにならないよう、日々様々な報道に触れるなり、最悪の場合その場で検索しまくるなり、何とかせねばなりません。
●employment cost index (ECI)
「雇用コスト指数」。意味はそのまま雇用に必要なコストで、賃金以外の福利厚生費なども含めたものを指数化しています。
さて、だいたいの内容は見えてきたでしょうか。運用会社のInsightページにあった記事ですので、主な読者は投資家です。それを念頭に、「ですます」調で訳してみましょう。訳出については、次回見ることにします。