TRANSLATION

第58回 債券見通し①

土川裕子

金融翻訳ポイント講座

こんにちは。今月から何回かに分けて(久々に?)金融らしい文章を見て行きます。

顧客から資金を預かり、それを運用する資産運用会社は、定期的またはアドホックに各市場(株式、債券、為替等)に関する見通しを発表します。今回はその中から、新興国の債券市場に関する見通しを読んでみましょう。実際にはビデオで「ポートフォリオ・マネジャー」が話した言葉の書き起こしです。

※いきなり脇道に逸れますが、最近はネット上で公開するビデオに字幕をつけてくれという依頼も来るようになりました。以前からあった、動画の音声書き起こし(トランスクリプト)翻訳とは異なり、ずばり字幕を作る案件です。ウェブページで動画を公開する会社は増えていますし、しかもスピードが特に重要な金融業界となれば、翻訳者がいきなり字幕を作ってくれればありがたい(動画に直接入れてくれればさらにありがたい)ということなのでしょう。エンターテイメントなどと違って、字数やタイミングの制限はそれほど受けませんが、それでも通常の翻訳とは異なるスキルが(大いに)求められるように思います。

さて、それでは本題に入りましょう。

【本日の課題】
We have a positive outlook on emerging markets fixed income. The prospect of synchronized global recovery as the vaccinations pick up pace and help address the health situations in some of the hard-hit countries, coupled with rising commodity prices and the amount of liquidity in the global financial system, we believe is supportive for risk assets and emerging markets debt in particular.

●fixed income
一般には「債券」=bondsのイメージがありますが、同じ意味でfixed incomeも非常に頻繁に登場します。「固定収入(証券)」、つまりいつ配当が支払われるやらわからない株式(stocks/shares)と異なり、規則的に金利の形で収入が得られる証券ということです。

●commodity
株式や債券など抽象的な概念の資産ではなく、農産物や石油など、世界の商品先物市場で取引されている「現物」の商品を意味します。訳としては「コモディティ」や「国際商品」など。

※なおこれとまったく異なる意味で、最近では「類似商品がたくさん登場して、商品間の差別化が効かなくなる」の意味で「コモディティ化」がよく使われます。金融分野でも、投資対象銘柄(企業)の説明では頻出します。例えば
Commoditization and increased competition have dampened its earnings prospects.
同社の業績見通し悪化の背景には商品のコモディティ化と競争の激化がある。
など。動詞はcommoditizeです。

●risk assets
「リスク資産」。これと対照的な概念に「安全資産」があります。

先進諸国の国債など、天変地異や戦争でも起こらない限り、ほぼ100%の償還が見込める(がリターンは低い)資産が「安全資産」。英語はsafe assets、risk-free assets などのほか、「資金の安全な逃避先」の意味で、safe havensの形でもよく見かけます。リスク資産は安全資産と異なり、価格が大きく下がったり、発行体が破綻して無価値になるリスクがある(代わりに、高めのリターンが見込める)資産を言います。

●liquidity
「流動性」。液体のように、資金が市場の中をスムーズに流れているイメージから来た言葉でしょうか。本講座第46回で説明したように、景気後退や大規模災害が起きて金融市場が混乱に陥り、株式や債券の売買が少なくなって取引が成立せず、売りたいときに売れない(買いたいときに買えない)状態を「流動性が低下した」などと言います。

今回はthe amount of liquidity(流動性の量)ですけれども、文脈から言って明らかに「流動性が高まっている/拡大している」ニュアンスです。

●debt
ここでは単に「債券」。国の借金である国債ならばgovernment debt、企業の借金である社債ならばcorporate debtですが、当然ながらdebtは純粋な「借り入れ」も意味しますので、注意が必要です(例えばgovernment debtならば「政府債務残高」と訳すべき時もあります)。

※債券や通常の銀行預金など、借り手から見れば元本+金利を返済する義務があり、貸し手から見れば元本保証(+利息)のある、言ってみれば「借金」の概念をdebts(デット)と総称することがあります。これと対照的な概念がequity(エクイティ)なのですが、ちょっと専門に踏み込みすぎてしまいますので、興味のある方は調べてみてくださいね。

さてそれでは訳出…と思ったのですが、ここまででも十分に長くなってしまいましたので、翻訳は次回としましょう。それまでに上記を参考に、ですます調で訳出にトライしてみてください。

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記事を書いた人

土川裕子

愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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