TRANSLATION

第57回 習うより慣れよう①

土川裕子

金融翻訳ポイント講座

こんにちは。本講座もはや57回、時にお休みする月があるとはいえ、すでに5年近い連載となっているんですね。我ながら驚きます。これまでに色々なことをお話してきましたが、言い足りないことはまだまだたくさん。しかしタイトルとして掲げるほどのポイントではないし、ケースバイケースで対応が変わるし・・と、採用できなかった内容が多くあります。そこで今後は不定期で、とりたてて特徴のない文章、要は明確なテーマを示すことができない、普段よくお目にかかる文章を取り上げようと思います。

それではさっそく、本日の課題です。(AとBは国です)

The A economy contrasts markedly with B in current account surplus vs deficit; inflation at vs inflation below target; and low vs high interest rates.

強いて言えばcurrent account surplus/deficit=「経常(収支)黒字/赤字」が専門用語と言えるくらいで、他に難しいところはありません。英語をそのまま読めば、実にクリアな文章です。

A国とB国があって、その経済は著しい対照をなしている、どんな点で対照的かというと、経常収支黒字/赤字、目標と同じ/目標を下回るインフレ、低い/高い金利、である、という論旨です。

この「/」を使って、

The A economy contrasts markedly with B in current account surplus vs deficit; inflation at vs inflation below target; and low vs high interest rates.
A国とB国の経済は、経常収支黒字/赤字、目標並/以下のインフレ、低/高水準の金利と、著しい対照をなしています。

などとすれば、言わんとするところは明確に伝わりますが、「読み物」的な文章の中に出てくるのはちょっと、という感じです。よって、論理的に極めて明確でないと困ります、というのでない限り、「/」はあまり多用しない方が良かろうと思います。英語でも似たようなvsを使っているのだから、日本語も/でいいのでは、と言われると困りますが。

ただ、世の中には、「論文でもあるまいし、ナンダコレハ」とおっしゃるお客様が必ずいますので、スムーズな日本語にできる力はつけておいた方が良いでしょう。

ということで「/」の使用を諦めますと、案外この文章、難しいのです。とりあえず、英語になるべく沿った訳にしてみます。

The A economy contrasts markedly with B in current account surplus vs deficit; inflation at vs inflation below target; and low vs high interest rates.
A国経済とB国経済では、経常収支は黒字と赤字、インフレ率は目標水準並みと目標以下、金利は高水準と低水準と、著しい対照をなしています。

これでも内容的には十分通じると思いますが、情報だけ渡されて、さあイチから日本語で書きなさい、と言われたら、もう少し違った感じになるかもしれません。つまり、「この表の情報を漏れなく取り上げて、だからA国とB国の経済では著しく違う、という文章を作れ」と言われたときに自然にできる日本語です。

表を見ると、英語は項目ごとにいちいちAとBを比べていますが、A国の3項目はこれこれ、B国の3項目はこれこれ、という分け方もあることに気がつきます。つまり、こうです。

The A economy contrasts markedly with B in current account surplus vs deficit; inflation at vs inflation below target; and low vs high interest rates.
A国経済は、経常収支が黒字で、インフレ率は目標付近、金利は低水準となっているのに対し、B国経済は経常赤字、目標を下回るインフレ率、高金利と、両国は著しい対照をなしています。
A国経済は、経常黒字、目標水準付近のインフレ率、低金利といった特徴があるのに対し、B国経済は経常赤字、目標以下のインフレ率、高金利が特徴となっており、両国は著しい対照を示しています。

他にも様々な表現が可能と思います。

上ではわざわざ表組みなんぞにして仰々しく説明しましたが、慣れれば一瞬で構造の組み換え(と可能な訳パターンの検討)ができるようになります。しかしいざ書き始めると、その時々で色々と問題が出てきますので、頭の中で考えるだけでなく、実際に試してみることをお勧めします。

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記事を書いた人

土川裕子

愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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