TRANSLATION

第50回 最新の記事を多読する②

土川裕子

金融翻訳ポイント講座

こんにちは。3月の本講座で、「世界的な有事の際は、日本語と英語で同じような報道が何度も繰り返されるので、仮に英語の方で分からない単語や表現があったとしても、日本語で得た知識で補うことが充分に可能、だからこの時とばかりに多読せよ」とお話ししておきながら、それ以降は翻訳講座らしいことをしていませんでしたので、今回は4-6月期の市場動向を読んでみましょう。

2008年のリーマンショック後、世界各国が競うようにしてmonetary easing(金融緩和)を進めていた頃、あまりに繰り返してこの話題が出てくるので、文章内の省略化がどんどん進みました。それと同じように、最近の金融関係の英文からは、もはやCOVID-19(新型コロナウイルス)すら出てこないことが多くなりました。金融緩和では、何の説明もなくeasingだけで登場することが多くありましたが、金融政策と異なり、新型コロナの感染は人類全員に関係する問題だからか、省略がさらに進み、corona/covidの一言も出さずに、「新型コロナウイルスの感染拡大による世界・市場の変容」を大前提として話を進める文章が多く見られます。しかし文学ならいざ知らず、日本で一般に公開される報道や分析の文章では、必ずと言っていいほどきちんと入っていますので、翻訳では可能な限り、補足した方がいいように思います。

今回の課題も、coronaCOVID-19の言葉はありません(かろうじてvirusはあり)。

【本日の課題】
The S&P 500 returned 20.54% during the second quarter of 2020. The market staged a robust recovery that was spurred by the loosening of stay at home provisions by certain states and a global economic recovery that seemed to be progressing sooner than investors had anticipated. However, June brought concerns of a resurgence in virus cases.

英語自体に難しいところは皆無ですし、専門知識もほとんど要りません。あえて言えばS&P 500をきちんとした名称にできるかどうか、といったところでしょうか。しかし、自分で選んでおいてなんですが、この手の原文は訳しにくいですね。なぜ訳しにくいかは、直訳してみるとよく分かります。

【直訳】
S&P500は、2020年4-6月期に20.54%のリターンであった。市場は、一定の州によるステイホーム規定の緩和と投資家が予想したよりも早く進んでいるように見える世界の経済回復によって、拍車を掛けられた力強い回復を演じた。しかしながら、6月はウイルス件数の復活という懸念をもたらした。

一見して、個々の日本語表現に手を入れるくらいでは済まないことが分かります。少しずつ見て行きましょう。

一文目は、S&P500指数のリターンが20.54%であったと言っているだけですので、それっぽい日本語にするだけでOK。ただ、この「それっぽく」というのが一筋縄ではいきませんで、様々な会社が出しているこういった文章を大量に読むことはもちろん、自分でも実際に何度も使ってみないと、こういう短い文章でも、いや、短い文章だから余計に、なかなかこなれた印象にはなりません。付け焼き刃はすぐにバレますので、要注意です(嘆息)。

さて二文目。当然ながら、英語のままの構造にはできませんから、それなりに工夫が必要です。上記の直訳の通りの構造では、正直、いまの機械翻訳以下になります。

「AとBによって拍車を掛けられた回復」のうち、Bが非常に長いので、Bだけを前から訳して「〜こと」で終わる文章の形にするのが案①。それだとバランスが悪くてイマイチ、と思う場合は、AもBも「〜こと」で終わるのが案②。

表現に少し手を入れつつ、両方やってみます。

The market staged a robust recovery that was spurred by the loosening of stay at home provisions by certain states and a global economic recovery that seemed to be progressing sooner than investors had anticipated.
①市場は、一部の州による外出制限措置の緩和、そして世界景気の回復が投資家の予想より早く進んでいると見られることが支援要因となり、力強い回復を示しました。
②市場は、一部の州で外出制限措置が緩和されたこと、また世界景気の回復が投資家の予想より早く進んでいると見られることが支援要因となり、力強い回復を示しました。

stay at homeは「ステイホーム」にしたくなりますが、海外に関する日本語の報道文に「ステイホーム規定(規制)」という表現は皆無ですので、頭の中に適切な日本語がなければ、要調査です。当然ながら、何らかの具体的な法令による措置であれば、その名称を調べる必要がありますが、今回の場合は各州バラバラの対応のようなので、ざっくりした日本語の方がむしろいいと思います。

さて、三文目で初めてvirusが出てきました。最初に言いましたように、日本語では単に「ウイルス」でなく「新型コロナウイルス」としましょう。もっと言えば、「感染」「感染拡大」まで補足すれば、より自然な流れになります。コロナの名称は、前文のBに入れてもいいのですが、日本人でもさすがに「新型コロナウイルスの感染拡大による外出制限」であることは自明ですので、三文目で初めて入れても良いと思います。

それでは全体を訳してみましょう。

【本日の課題】(再掲)
The S&P 500 returned 20.54% during the second quarter of 2020. The market staged a robust recovery that was spurred by the loosening of stay at home provisions by certain states and a global economic recovery that seemed to be progressing sooner than investors had anticipated. However, June brought concerns of a resurgence in virus cases.

【試訳】
2020年4-6月期、S&P500種株価指数は20.54%の上昇となりました。一部の州で外出制限が緩和されたこと、さらに世界景気の回復が投資家の想定を上回るペースで進んでいると見られることなどが支援要因となり、株価は力強い回復を示しました。しかし6月に入ると、新型コロナウイルス感染者数の再拡大への懸念が浮上しました。

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記事を書いた人

土川裕子

愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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