TRANSLATION

第48回 翻訳者の自粛できない生活

土川裕子

金融翻訳ポイント講座

自粛生活、ですか。有名イラストレーターやらウェブデザイナーやら、いろんな在宅ワーカーさんたちがあちこちで発信されているので、一介の翻訳者であるわたしからわざわざ言うこともないんですけど。

正直、いつもとまったく変わりません。前と違うのは、外出時にマスクをするようになったことと、帰宅後の手洗いが慎重になったことくらいかな。

外出の回数? ハハハ…変わりません。だって、買い物は週にせいぜい3回にせよっていうんでしょ。もともとそんなに行ってないですから。普段から週一回の宅配頼んでますし。仮に一週間くらい買い物に行かなくても、なんとかなるもんですよ。家から一歩も出ない日だって、少なくありません。というか、それがむしろ普通だったり。

病気でもないのに、それで平気なんて信じられない? まあ、普通に週5日会社に通って、休みは休みで外出してる皆さんからすれば、そう見えるかもしれませんねえ。

普段から、家族以外、生身の人間にはとにかく会わない生活をしています。世の中でいちばん新型コロナウイルスに感染しにくいのって、翻訳者じゃないかって思ったりしますよ。いやほんと。1日に会う人の数を8割減らせと言われても、減らしようがない。自粛すべき部分がないんです。

お昼は当然ながら家で食べるし、対面の会議や打ち合わせもないし、飲み会もないし。土日だから人と会うかというと、週末入稿、週明け納品なんてしょっちゅうですから、そもそも約束しないし。

友だちと会わないのかって? ちょっと話がずれちゃいますけど、いいですか。

会社員と違って、フリーランスは休みが決まってませんから、どうしてもその日に誰かと会いたいとか、どこかに行きたいのなら、ドタキャンならぬドタアポ?するか、何日も何週間も前から、「この日は休みにする!」と自ら決めておくしかありません。

でもねえ。例えば17日の日曜日に友だちと会う約束をしたとするでしょ。で、14日の朝に「実働4日間、18日朝に納品」の仕事の依頼が来たら、どうします? 17日に丸一日休みたいなら、断わるしかないわけですよ。

17日の労働分を、14〜16日の3日間に振り分けるって考えもあります。もちろんそれは可能だけれど、そんなことをしょっちゅうやっていたら、必ず品質や体調に影響が出る。自分の能力を超える仕事を受けているのと同じことですからね。本当にせっぱ詰まっているときは睡眠時間を削ることもありますが、長い目で見るとマイナスの方が大きいんですよ。今は特に、免疫力を落としたくないですしねえ。睡眠、大事です。

一方で、仕事を断るのは簡単。だからこそ“フリー”ランサーなわけですが、それをしょっちゅうやっていたら…ハイ、その通りです。稼ぎにならない。先行きどうなるか分かんないし、失業保険はないし、稼げるときに稼いでおきたいわけですよ。「フリーランスは、いつでも休めていいですよねぇ〜」ってよく言われますが、「会社員は、休んでもお金がもらえていいですよねぇ〜」って切り返したいわ、マジで。

あら、あなたも会社員でしたね。失礼しました。

自制心が強くてうらやましい? そんな、とってつけたみたいに…ハハハ。だって、収入がほしいなら働くしかないですもん。休んだ時間と報酬額は、きれいに反比例する。それが個人事業主です。

ああ。誰にも監視されてないのに、よく仕事に集中できるなあってことですか。自分だったら絶対サボるって? まあね。皆さんよくそうおっしゃるけれど、誰だって、たいがい大丈夫ですよ。だって自ら動かなければ、目の前の仕事は1ミリも動かないんですから。それに成果物を納めなければ、一銭だってもらえないわけですからね。

あれ、自粛生活からずいぶん話がずれちゃいましたね。

要するにわたしが言いたいのは、在宅翻訳者にとって、皆さんのおっしゃる「自粛」はすなわち「日常」である、ということ。「自粛」というから力が入ってしまうけれど、大勢の翻訳者やイラストレーターや、そんな人たちが普段からやっていることなのだから、誰だってやってできないことはないはずです。「慣れ」の部分が大きいと思います。

注意点ですか。もちろんあります。え、時間がないから一つだけ? たくさんあるんだけどな。

ならば…変な言い方ですけど、自宅だと「集中できすぎる」ことがあるんです。電話はかかってきてもせいぜい1日に1、2本ですし、話しかけてくる同僚もいませんしね。気がついたら2時間や3時間、同じ姿勢でPC画面をにらみっぱなし、なんてことにもなりかねません。仕事の面から見ればいいことですけど、身体の面で言えば最悪。よって、どれだけ仕事の調子が良くても、一定時間が過ぎたら一度立つことをお勧めします。

通勤がないのはもちろん、オフィスと比べると家の中は格段に狭いですから、一日の歩数は驚くほど少なくなります。もし歩数計があるなら、家の中でもつけるといいですよ。あまりに少ない日は、夜にでも少し歩いたりね。体がなまるのって、あっという間ですから。そうそう、両手をぐいーんと広げて大声を出しながら伸びをしたり、貧乏揺すりするのもいいですよ。

って、テレワークが終わった後、オフィスでうっかりやって怒られても、わたしのせいにしないでくださいよ。そうねえ、在宅フリーランスのメリットといえば、そういうところですねえ。実は先日もね…

あら、もう時間なんですか。大して役に立つ話もできませんで。

自宅勤務の注意点があと10個ばかりあるんですけど。それはいらない? は、そうですか。もう切っちゃうんですか。いや、PC越しとはいえ、久しぶりに人と話したもので…次のインタビューがあるからグズグズしていられない? それなら仕方ないですね。また何かあれば、いつでも連絡してくださ…あ、切れちゃった。はあ…。(ZOOM切る)

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記事を書いた人

土川裕子

愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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