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第26回 金融翻訳者になるには(3)

土川裕子

金融翻訳ポイント講座

こんにちは。これまで2回にわたり、「金融翻訳者になり、その後もずっと金融翻訳者を名乗り続ける」ために必要なことをお話してきました。今回は「資格」のうち、証券アナリスト検定についてです。わたし自身がこの資格を取得しましたので、これまでの話より詳しくなります。よって興味ないよ、関係ないよ、という方は、申し訳ありませんが、読み流していただければと思います(笑)。

改めまして、先回は、

1)日本経済新聞や金融業界紙、関連の専門書を読む

2)証券外務員などの資格をとる

3)金融翻訳の講座を受ける

の2)の中から、簿記、ファイナンシャルプランナー(FP)、証券外務員についてざっとお話しました。

証券アナリスト(Chartered Member of the Securities Analysts Association of Japan、略称CMA®)は、日本証券アナリスト協会が認定する資格です。

試験は一次と二次に分かれており、一次の「証券分析とポートフォリオ・マネジメント」「財務分析」「経済」の三科目すべてに合格すると、二次に進むことができます。

このうち「証券分析とポートフォリオ・マネジメント」は、証券アナリスト試験のまさに本丸。証券分野のテクニカルな知識をこれでもかと詰め込みます。多くは計算問題で、文系出身者の場合、ここが最大のハードルになるのですが、実際に数字を使っていろいろな問題を解く過程で、証券投資では何が問題となり、どのような理論を背景に投資家は何を目指し、実際にはどのような行動をとるのかといった点が、まさに「体感」できるように思います。

投資関係の英語で頻出するrisk、exposure、volatility、correlation、extra return(alpha)といった何気ない用語も、その背後にある理論が頭にあるとないとでは、原文の読み込みの深さが大きく違ってきます。また実際に金融翻訳者になってから苦しむことの多いデリバティブや金利などの分野も含まれますので(今から考えると、正直、基礎部分だけですが)、いずれ必ず役に立ちます。

「財務」は、実は今回のお話の対象外とさせてくださいとお伝えした「会計・経理・財務」の分野です。しかし当然ながら、株式や債券など企業が発行する証券と、その企業の財務状況とは切っても切り離せませんので、やはり企業財務やその分析方法の全体像がざっとでも頭に入っているのといないのとでは、まったく違います。企業財務を「社外から」すなわち投資家の視点から、いかに分析するかという視点が得られる点も重要です。

最後の「経済」は、ずばり経済理論。これが必要な理由は、くどくどと述べる必要もないでしょう。経済学とはいっても、多くは現実に則した内容を学べるせいか、実際に翻訳業務を進める場面で、役に立つ場面がかなりあります。例えばごく基本的なところで、国内総生産(GDP)の構成要素(消費+投資+政府支出+輸出―輸入)が頭にあるかどうかで、場合によっては読み違いが防げることさえあります。

一次で以上の3科目にすべて合格しますと、次は二次で「証券分析とポートフォリオ・マネジメント」「コーポレート・ファイナンスと企業分析」「市場と経済の分析」「職業倫理・行為基準」の4科目を受験することになります。名称から分かる通り、最初の3科目は一次の3科目にそれぞれ対応しています。最後の「職業倫理・行為基準」は、証券アナリストとして実際に業務を行ううえで知っておくべき倫理面の問題を学びます。

正直、職業倫理は我々翻訳者にはあまり関係ありませんが、どのような行為が金融商品取引法や職業倫理基準に抵触するのかの説明がことのほかおもしろく、楽しく勉強した覚えがあります。例えば「X証券のリサーチ・アナリストAさんは、大手小売業のY社を担当して長く、特に経理担当者のBさんとは懇意である。このほどY社の経営状況を説明する調査レポートを書こうとしたところ、Bさんから豪華なすき焼きセットを送られてきたため、レポートで株価のマイナス材料を扱わないことにした」など具体的で、結構おもしろいです(笑)。

まじめな話に戻りますと、最近は証券発行者や運用者、投資家の社会的責任が厳しく問われるようになっており、その手の翻訳も増えてきていますので、全般的な業界の流れといったものを知る役には立つと思います。(「スチュワードシップ・コード」や「ESG(環境・社会・ガバナンス)投資」がキーワードです)

さて。

実際にとる場合ですが、最短の場合でも一次で一年、二次で一年かかります。またそれぞれ日本証券アナリスト協会の通信講座(各5万円前後)の受講が必須ですので、資格取得までに少なくない時間とお金が必要となります。

わたしの場合、最初は独学で、ただ内容がざっと分かれば良いというつもりで始めたのですが、特に本丸の「証券分析」は独学ではまったく歯が立たず、思いきって資格予備校の講座を受けることにしました。そのため費用は当初の想定を大幅にオーバーしましたが、後悔はまったくありません。

上でも何度か言いましたように、原文の背後にある理論や考え方といったものが見えるようになりましたし、証券の専門家(証券会社等)が運用の専門家(機関投資家等)のために書いているような、それなりにレベルの高い文章も訳せるようになりました(もちろん、「何を言っているのかさっぱり」なために、いまでも正直、放り出したくなることがありますが)。講座にかけた費用も十分に回収したように思います(笑)。

ただ、やはり2年というのは長いですし、勉強している間は仕事ができませんので、すでに仕事をばりばりやっている翻訳者さんはなかなか難しいかもしれません。いずれにしても、我々の場合は資格をとること自体が目的ではありませんので、その人にあったやり方と時間のかけ方で学んで行けばいいのではないかと思います。

今回も長くなってしまいました。あと1回、このお話を続けたいと思います。

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記事を書いた人

土川裕子

愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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