TRANSLATION

第36回 米国の利上げ③

土川裕子

金融翻訳ポイント講座

こんにちは。今回は、米国の利上げに関する文章の3回目です。過去2回の課題の内容をざっとおさらいしますと、
1)連邦準備制度理事会(FRB)が2018年9月の連邦公開市場委員会(FOMC)会合で、政策金利であるフェデラル・ファンド(FF)金利を引き上げた(利上げを実施した)。
2)FOMC後の声明でFRB議長は「米国経済は予想より力強い」と指摘。
でした。

先月は、以下の段落の前半を見ましたので、今回は後半を訳してみましょう。

【課題】(今回の課題は太字部分)
Notably, the statement released at the end of the meeting differed from the previous statement in one important respect: it removed reference to “accommodative” Fed policy. This likely means rates are getting close to the “neutral” level. The deletion, however, does not imply that the future rate path has changed. Given the continued strength, we believe that increases in December 2018, and March and June of 2019 are still likely, the same rate path as expected before this meeting.
【前半部分の試訳】
注目すべきは、今回の会合後に発表された声明文と前回6月の声明文の内容に重要な点で一つ違いがあることです。今回の声明文からは、「緩和的」政策への言及が削除されました。これは、金利が「中立的な」水準に近づいていることを意味している可能性があります。

●deletion
この段落前半のit removed reference to “accommodative” Fed policyを、the deletionだけで表現しています。

●future rate path
前回も説明しましたように、FRBは長く低水準に据え置いていた金利を数年間かけて徐々に引き上げてきましたが、そろそろ「利上げの打ち止め」が近いとされています。近い将来、金利水準が上昇カーブを描くのか、低下するのか、はたまた同じような水準を維持するのか、といった見通しのことを、rate pathと表現することがあります。訳としては「金利軌道」「金利の推移」「金利見通し」などでしょうか。

原文は、「deletionはrate pathが変わったことをimplyしない」つまり声明から「緩和的」という言葉は削除されたが、だからといって今後の金利の推移に変化が予想されるわけではないよ、と言っています。

Given the continued strength
strengthは、冒頭に挙げた
2)FOMC後の声明でFRB議長は「米国経済は予想より力強い」と指摘
(原文:The U.S. economy has been coming in stronger than expected this year,” said Fed chairman Jerome Powell at a press conference following the meeting.)
のことです。

このcontinuedは、実に翻訳者泣かせの単語です。辞書には「継続する」「途切れない」「続けられた」などとありますが、そのまま使えることはまずありません。今回も「継続する力強さ」などはもちろんNG。名詞句での処理にこだわらず、「力強さが続いている」ことを自然な日本語で表現しましょう。

●increases in December 2018, and March and June of 2019
この部分だけを見ると、何のincreases?と思ってしまいますが、前の段落から読めば、rateのincreasesつまり「利上げ」であることが分かります。2018年12月、2019年3月/6月は明らかに連邦公開市場委員会(FOMC)会合が開催される月ですから、日本語ではその情報を入れた方が分かりやすくなります。

それでは訳してみましょう(ですます調で)。

【課題】(今回の課題は太字部分)
Notably, the statement released at the end of the meeting differed from the previous statement in one important respect: it removed reference to “accommodative” Fed policy. This likely means rates are getting close to the “neutral” level. The deletion, however, does not imply that the future rate path has changed. Given the continued strength, we believe that increases in December 2018, and March and June of 2019 are still likely, the same rate path as expected before this meeting.

【試訳】
注目すべきは、今回の会合後に発表された声明文と前回6月の声明文の内容に重要な点で一つ違いがあることです。今回の声明文からは、「緩和的」政策への言及が削除されました。これは、金利が「中立的な」水準に近づいていることを意味している可能性があります。しかし「緩和的」という文言の削除が、すなわち今後の金利軌道の変更を示唆するわけではありません。堅調な景気が続いていることを踏まえると、今回の会合前に予想されていた金利軌道に沿って、2018年12月、2019年3月、そして2019年6月のFOMCで、それぞれ利上げが実施される可能性が依然高いものと考えます。

※この文章は非常に丁寧に書かれていますが、それでもThe deletionやthe continued strengthをそのまま訳すだけですと、「その削除が、すなわち今後の金利軌道の変更を示唆するわけではありません。力強さが続いていることを踏まえると….」となり、不自然なだけでなく、特にstrengthの方は「何の力強さ」なのかよく分かりません。

上記試訳のような「手入れ」を、「過度な補足」と見る向きもあるようですが、あくまでも文脈をはっきりさせるために前の方の情報を言い直しているだけであって、「補足」というよりも、必要不可欠な訳出として考えた方が良いと思います。むしろ、theの中に上で補足した情報がすべて含まれていると考えれば、それを訳出しない方が訳抜けになる、とも言えそうです。

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記事を書いた人

土川裕子

愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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