第21回 株式ファンドの四半期運用報告書③
こんにちは。前回に引き続き、ある株式ファンドの四半期運用報告書を読んでいきたいと思います。今回は「ポジショニング(positioning)」。ファンドによっては、「投資行動」などと呼ばれる部分です。
例えば株式を中心に運用する「株式ファンド」でも、どのセクター(業種)に投資するか、また具体的にどの銘柄(企業)に投資するかは、ファンドによってそれぞれ大きく異なります。
様々な資産クラス(asset class)に投資するマルチアセット(multi-asset)ファンドですと、株式、債券(国債・社債)、不動産、国際商品(コモディティ)、通貨、キャッシュなどの資産への配分割合を決め、さらにそれぞれの資産について、投資対象とする国・地域とセクターを選定し、実際に投資する個別銘柄を決定し、さらにはそれぞれの銘柄にどの程度の資金を振り向けるかを決めなければなりません。
これが「ポジショニング」であり、最終的に決まった各資産の保有分を「ポジション」「組み入れ」「持ち高」などと呼びます。すべてのポジションが定まった結果として、ファンドのポートフォリオ(資産の組み合わせ)が完成します。
※ポートフォリオの構築には様々な手法があります。上記では、資産→国・地域/セクター→個別銘柄へと決定していくように書きましたが、個別銘柄の選定を優先する手法もあります。これら「トップダウン・アプローチ」「ボトムアップ・アプローチ」は、資産運用会社の運用方針などで頻繁に目にする言葉ですので、興味のある方は詳しく調べてみてください。
さて、ファンドの設定時に決めたポジションは、多くの場合、市況の変化と共に変更を加える必要が出てきます。例えば株式では、単純に言って下落が見込まれる銘柄を持っていては損ですし、上昇が見込まれる銘柄を持っていないと、得られるはずの利益を得られないかもしれません。そのため、なるべく多くの利益(リターン)を確保できるよう、その局面に合わせて資産配分を工夫するわけです。
そしてファンドが資産を購入・売却、追加(積み増し)・削減した時は、顧客への報告が必要となります。今回の課題では、運用報告書のうち、そうしたポジショニングの部分を訳してみましょう。
We ①took profits on our position in AAA before exiting it. We ②invested proceeds to increase our position in BBB which offered attractive returns.
①took profits on our position in AAA before exiting it
AAAは銘柄(企業)名だと思ってください。our position in AAAは、ファンドがAAA社に配分した資金そのもの、あるいはファンドが保有するAAA社の株式そのものと捉えると分かりやすいかと思います。訳としては「ポジション」「配分」「組み入れ」など。
exitingは、「ポジションの解消」、つまりそのポジションをすべて売却することを意味します。ここではAAA社の株式をすべて売ったということです。ポジションの解消を示す英語は、exitのほか、closeやremoveなども使われます。日本語は、「解消する」に加えて、「クローズする」や「手仕舞う」など。(このあたりはクライアントの好みが反映されますので、指示があればそれに従います)
take profitsは「利益を確定する」。
例えばAAA社の株式を1株100円で購入したところ、1年間で120円に値上がりしたとします。ファンドとしてはもちろん喜ばしいことですが、株価が幾らになろうと、実際に株式を売って20円を手にしない限り、本当に利益を上げたことにはなりません。このように、資産を実際に売却して、購入代金との差額を手にする(利益を実現する)ことを、英語ではtake profitsと言います。日本語では「利益の確定」とか、「利食い売り」などが使われます(後者は若干砕けたイメージですので、使う際には注意が必要です)。
逆に利益を確定する前、評価額の上で利益になっているだけの状態は、「評価益/含み益」、損失になっている状態は「評価損/含み損」です。評価損が大き過ぎて売るに売れない状態を、俗に「塩漬け」などと言いますが、運用報告書の翻訳では決して使わないでください(笑)。
なお、英語はbeforeになっていますが、AAA社のポジション解消=株式の売却=利益確定ですので、「~する前に」や「〜した後に」など、あまり時間に差があるような表現は避けましょう。
②invested proceeds to increase our position in BBB
proceedsは「売却代金、売却益」。この文章でも、①と同じようにtoの前と後ろの行為はほぼ同時進行ですので注意しましょう。
またinvestではありますが、AAA社の株式を売って得た資金をBBB社の株式を買い足すために使用した、ということですので、「売却益を投資して、BBB社のポジションを増やす」などの表現はかなり違和感があります。ここは普通に「使用して」などの言葉を使った方が良いでしょう。(なおBBB社のポジションを新たに設けた場合は、「ポジションを構築」などと言います)
株式を買い足すことは、「ポジションを積み増す/追加する」「組み入れ/配分を増やす」など。
さてそれでは、「ですます」調で全体を訳してみてください。
We took profits on our position in AAA before exiting it. We invested proceeds to increase our position in BBB which offered attractive returns.
【試訳】
・AAA社のポジションを解消し、利益を確定しました。その売却代金を用いて、魅力的なリターンを提供するBBB社のポジションを積み増しました。
・AAA社のポジション解消、利益確定後、その売却益にて、リターンに妙味のあるBBB社の組み入れを拡大しました。
※英文ではどちらもWeが主語になっていますが、運用報告書で「私たち/我々」などと訳すことはほぼないと言っていいでしょう。訳すとしても「当社」「当ファンド」「当戦略」などで、訳さないケースが多いように思います。(逆に、Weで始まる文章が延々と続いているのに、なるべく主体がはっきりするように訳してくれ、と言われて困ることもあります)
※ポジションに特に変更がなかった場合は、
There were no significant changes to the fund positioning over the period.
当期、当ファンドのポジションに大幅な変更は加えませんでした。
などの文言が掲載されます。