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第19回 株式ファンドの四半期運用報告書①

土川裕子

金融翻訳ポイント講座

こんにちは。今回から何回かに分けて、株式ファンドの四半期運用報告書を読んでいきたいと思います。以前の運用報告書の回では「市場概況」と「運用成績」のみ取り上げましたが、今回はこれに加えて「ポジショニング」と「パフォーマンスへの寄与要因」も見てみることにしましょう。4回にまたがることになりますが、それぞれつながりはありませんので、個別の記事として読んでいただいて構いません。どれも金融、特に運用分野の翻訳の王道とも言うべき文章ですので、基礎を固めたい方はしっかり読んでくださいね。

「運用報告書」については、第12回の冒頭で詳しく説明していますので、そちらをご覧ください。

今回は、まず「市場概況」の部分から一文だけ取り上げます。このセクションは、経済・市場動向や、市場に影響する経済以外の要因(政治やテロ、天候など)についての概説が主な内容となります。

According to ①the latest estimate from the Bureau of Economic Analysis, U.S. real gross domestic product (GDP) ②in the fourth quarter expanded by ③2.1%, an ④upward revision from ⑤previous estimates.(2017年4月発行)

①the latest estimate from the Bureau of Economic Analysis

Bureau of Economic Analysisは、米国商務省(Department of Commerce)の「経済分析局(BEA)」。

米国の国内総生産(GDP)実績は、四半期末月の翌月すなわち4月、7月、10月、1月に、まず1次推計(advance(d) estimate)、その1ヵ月後に2次推計(second estimate)、さらに2ヵ月後に3次推計(third estimate)が発表されます。日本語はそれぞれ「速報値」「改定値」「確定値/確報値」など。

しかし報道文ではあまりsecond~/third~などとは言わないようで、速報値(advance(d) estimate)の後はsmaller than previously estimatedなどのように、単語レベルではなく、文章に埋め込んであることが多いように思います。

ともあれ今回は、3月末に商務省からGDP確定値が発表された後の4月に発行された文書ですので、latest estimateは「確定値」になります。

注意すべきは、そのまま「最新の推定値は」などとしないこと。英語がlatest estimateなんだからいいじゃん!と言いたい気持ちは痛いほどわかりますが(笑)、最初から日本語で書かれた文章では必ずどの段階の値かを明確にしますので、出所が英文だからといって、曖昧な日本語は許されません。

従って必要ならば調査を行い、「これこれの理由で確定値と思われる」等のコメントをつけて納品します。大抵は文書の発行時期や、数値そのものからの逆検索で解決しますが、どうしても断定できないときは、「これこれの理由で断定できない」とのコメントを残します。一方、誰が見ても明らかな場合はコメント不要です(この業界、どこまでが「常識」なのかは、なかなか計り難いのですが)。

②in the fourth quarter

以前も説明しましたが、年度の開始時期が国によって異なりますので、多くの場合は誤解を避けるため、「第1四半期」ではなく「1-3月期」などと数字を明記します。米国の場合、会計年度は「10月~翌年9月」ですが、GDPは暦通りに発表されますので、fourth quarterは「10-12月期」になります。

③2.1%

タテから見てもヨコから見ても「2.1%」ですが、問題は「いつと比較して」という点。日本語ではほとんどの場合それを明記しますので、原文になければ調査が必要です。今回の場合は、annual rate/annualized rate、すなわち前の四半期からの成長率が4回続いた場合の成長率。日本語は「前期比年率」です。

余談ですが、欧米発の文章ではこの手の情報が入っていないことが多く、その都度、貴重な作業時間を割いての調査となります。今回は米国のGDPですから簡単に調査できますけれども、欧州企業の決算期などの場合、個別に調べるのはかなり大変です。

以前、某欧州企業の業績に関する文章を訳した時のこと。英語は、しれっとQ1 results(第1四半期業績)とだけ書いてあります。かなり苦労して調べたら、その甲斐あって(?)なんと11月が決算期でした。つまりfirst quarterは「12-1月」になるわけです。有名企業だけに限っても、会社ごとの決算期をいちいち覚えている人はそうはいないだろうに、なぜ英語ではfirst quarterだけで許されるのか?声を大にして言いたいです(笑)。

脱線しました。

③upward revision

「上方修正」。反対はdownward revision(下方修正)です。

④previous estimates

previous estimatesと複数形ですので、速報値と改定値のどちらからも上方修正されたということ。よって、複数形のない日本語ではその旨をしっかり表現しなければなりません。(※本稿後半で、この点について書いていますので、ご参照ください)

短い文章にも色々と見るべき箇所があるものですね。それではいよいよ訳してみます。

According to the latest estimate from the Bureau of Economic Analysis, U.S. real gross domestic product (GDP) in the fourth quarter expanded by 2.1%, an upward revision from previous estimates.

【試訳】

米商務省の経済分析局(BEA)によると、2016年10-12月期、米国の実質国内総生産(GDP)成長率の確定値は前期比年率+2.1%と、速報値および改定値から上方修正されました。

※previous estimates

さきほども言いました通り、今回は複数形ですので、文法に則って解釈すれば「速報値と改定値」ということ。しかしこれまでのわたしの経験から言って、実際は単数にすべきところ、非ネイティブには分からない理由からか、単なる勢いでか、あるいは間違いなのか分かりませんが、とにかく複数形になっている(あるいはその逆)といったケースがしばしばあるように思います(英語ネイティブが書いているとは限らないという事情もあります)。

たった一つのSのあるなしで意味が大きく変わってしまうので、翻訳者としてはいささか怖い。しかしどちらかはっきりさせなければ仕事にならない。従って調査、です。

これもlatest estimateと同様に、英語の通り訳して何が悪いのかと言いたくなる気持ちはよくわかります。が、特別な場合でない限り、翻訳者、翻訳会社、クライアントの3者の中で、原文を最も精密に読むのは翻訳者ですから、翻訳者の段階で原文の間違いを見過ごすと、印刷され顧客の手に渡るまでに誰も間違いに気がつかない可能性があります。また仮に正しかったとしても、確認した旨をコメントに残しておけば、チェックの段階で誰かが同じ不安を持ったときに、時間を節約することができます。これは「付加価値サービス」と言えるかもしれませんが、本来、ここまで丸ごとひっくるめてが「金融翻訳」なのだと思います。

例えば今回の場合、米国のGDPですので、調査は極めて簡単。調べたところ、2016年10-12月期のGDP成長率は、速報値が前期比年率+1.9%、改定値が同+1.9%、確定値が同+2.1%でしたので、「確定値は、速報値と改定値の両方から上方修正」が確認できました。(仮に原文の筆者が「改定値からの上方修正」のつもりで書いていたとしても、事実には合っているわけですから、間違いを掲載するという最悪の事態は防げます)

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記事を書いた人

土川裕子

愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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