第17回 機械的に訳すと意味不明!②
こんにちは。今回は久しぶりに、機械的に訳すと残念で意味不明な日本語になってしまう例を一つだけ挙げてみたいと思います。
資産運用を行っている会社では、顧客向けに様々な資料を配布します。自社の運用実績を説明することはもちろん、今後の市場動向について独自の分析を行い、その情報を顧客に提供することも、資産運用会社の大事な仕事です。今回はそうした資料のうち、株や債券など「資産クラス(asset class)」ごとの見通しを書いたセクションから、「米国株式(US equity)」を取り上げます。こういった欄は、ごく狭いスペースに様々な国・地域の様々な資産の見通しをぎっちり詰め込んであることが多く、限りなく省略した形で書かれている一方、情報量が多いので、まさにread between the linesの作業が必要。わずか1行で、読むべき行間がないこともあります(笑)。
それでも顧客向けの文章ですので、当然のように「ですます」調での訳を求められ、「である調・体言止め」ならばしなくていい苦労をせねばならぬこともあります。
特に苦労するのが文末の形容詞の処理。「形容詞+です」は、文法的には一応正しいとされていますが、どうしてもつたない響きがします。例えばThe Central Bank is likely to rise interest rates.は、である調なら「中銀は利上げに動く公算が大きい」でばっちり決まりですが、「中銀は利上げに動く公算が大きいです」とすると一気に小学生の作文風になり、まずいです。そう、この講座のようにざっくばらんな文章が許される場面ではギリギリOKでも、正式な文書や、ある程度の格調が求められる場合には、ほとんど使用されていないように思います。
脱線しました。課題に戻りましょう。以下の英文を、ある月の顧客(投資家)への配布資料という前提で、「ですます」調で訳してみてください。US equityの欄にぽんと載っている文章ですので、前後の文脈はありません。
【課題】[米国株式の見通し。顧客(投資家)への配布資料]
We expect U.S. equities to benefit from earnings upgrades and share buy-backs. The former are starting to materialize but more should follow.
earnings(複数形)は、本講座第12回でearnings season(企業の決算発表シーズン)の形で出てきました。「収益/利益」という本来の意味から転じて、「(企業の)業績、決算」の意味で使われます。
次にupgrades。経済全体からデータを拾わなければならない国内総生産(GDP)や雇用統計などでは、まず「速報値(flash~/advanced~)」が出された後に「確定値(revised~)」が発表されますが、企業業績の場合、過去に発表した数値を「実はちょっと違いました」と言って修正することは原則ありません。よってupgradesが業績に関して用いられる時は、通常「予想の上方修正」を意味します。
企業は定期的に業績見通しを発表しますが、景気や業界の動向、企業個別の理由によって、その見通しも変化します。そのため、状況に応じて「上方修正」したり「下方修正」したりするわけです(上場企業は、従来の予想から一定の幅以上離れる場合に「業績予想の修正」を開示することが義務付けられています)。
earnings upgradesを何も考えずに訳すと、某機械翻訳のように「利益の向上」などとなり、しかも日本語としてはおかしくない、つまり意味が通じてしまうので要注意です。
share buy-backsは「自社株買い」。自社で発行した株式を自ら買い戻すことを言います。そもそも資金を調達するために株式を発行したのに、また資金を使って株式を買い戻すなんて不思議な行為ですが、現実にはしばしば行われています。詳しく説明しますと長くなりますので、興味のある方はご自分で調べていただくとして、ここはとりあえず、増配(配当増加)などと同じく「株主優遇策」の一つであるとご理解ください。そのため、株価は上昇傾向を示します。
よって1文目
We expect U.S. equities to benefit from earnings upgrades and share buy-backs.
の内容をざっくり言うと、
米国株式は、企業業績の上方修正と自社株買いから恩恵を受けると我々は予想する。
ということになります。
さて、2文目は苦労した方が多いのではないでしょうか。
The former are starting to materialize but more should follow.
前者は実現し始めているが、より多くが続くに違いない・・では、お客様向けの文章になっていないどころか意味不明ですので、何とかしなければなりません。
まずThe former。顧客向けの文章が多い金融関連の文書で、「前者/後者」は素っ気ない印象を与えますので、特に問題がなければ、the former/the latterは、少々しつこくても言い直しましょう。何より読者に、どれが前者/後者に当たるのかを一瞬でも考えさせる状態は問題です(英語はそうなってるじゃん!という言い訳はナシ)。今回の場合は、
前者(the former):earnings upgrades
後者(the latter):share buy-backs
であることは明らかですので、earnings upgradesを繰り返し訳した方が良さそうです。
moreはmore+the former → more earnings upgradesということ。earnings upgradesを3回繰り返したくないがために、こうしたのでしょう。日本語でもさすがに3回はしつこいので、せめて2回に減らす工夫が必要です。ヒントとしては、materializeとfollowの主語が基本的に同じ、ということでしょうか。
まとめますと、2文目の内容は
The former are starting to materialize but more should follow.
業績予想の上方修正は現実のものとなり始めているが、さらなる上方修正が続くに違いない。
ということになります。これを1文目の「米国株式は、企業業績の上方修正と自社株買いから恩恵を受けると我々は予想する」と合わせて、顧客向けのきれいな文章に仕上げましょう。
最初に書きましたように、これはある資産運用会社の株式見通し欄から拝借したものですが、なるべく短く、一方で情報量は多くする必要があるので、原文はこのように非常にそっけない文章になっています。ごく狭いスペースに米国・欧州・日本・新興国地域の株式・債券・不動産・通貨・商品等々をすべて掲載するケースも少なくないからです。日本語の資料でもそれはまったく同じなのですが、わたしの経験から言って、「そっけなさ度」ははるかに英語の方が上のように思います。逆に言うと、日本語にする場合はかなり補足してやらないとまずい、ということです。
最後にもう一度原文を出しておきますので、頭の中だけでも訳してみてくださいね。
【課題】
We expect U.S. equities to benefit from earnings upgrades and share buy-backs. The former are starting to materialize but more should follow.
【試訳】
米国株式は、企業の業績見通しの上方修正や自社株買いの動きから恩恵を享受すると予想されます。上方修正の動きはすでに現実のものとなり始めており、今後さらに広がるものと思われます。
※こういった文章でWeを「我々は/私たちは」と訳すことはほとんどなく、「当社/弊社/当ファンドでは〜と予想しています」などとするか、あるいは上記の試訳のように、主語をなくすことが多いようです。いずれにせよ、クライアントの指示に従います。