TRANSLATION

第7回 マーケットコメント(株式市場)その2

土川裕子

金融翻訳ポイント講座

こんにちは。今月も引き続き、ある資産運用会社のマーケットコメントを取り上げます。原文の詳しい解釈については、第6回 でご確認ください。

Since the U.S. Federal Reserve (Fed) ended its quantitative easing (QE) program in November 2014, followed by a rather restrained interest-rate “liftoff” in December 2015, U.S. equity markets have been essentially flat through the first calendar quarter of 2016, with a return to more normal volatility. But that go-nowhere performance masks some of the sharp swings that have occurred since the Fed ended QE, particularly during the most recent quarter.(2016年4月時点)

この原文、いざ翻訳しようとしますと、様々な問題点が壁となって立ちはだかります。

問題1)米国株式市場が事実上横ばいとなったのは、リフトオフした2015年12月以降ではなく、2014年11月以降である。

Since the U.S. Federal Reserve (Fed) ended its quantitative easing (QE) program in November 2014, followed by a rather restrained interest-rate “liftoff” in December 2015, U.S. equity markets have been essentially flat….

上記下線部だけであれば、「米連邦準備制度理事会(FRB)は2014年11月に量的緩和(QE)を終了し、その後2015年12月に”リフトオフ”した」と、前から訳して行くのが最も自然です。しかしSinceを加えて「2014年11月に量的緩和を終了し、その後2015年12月に”リフトオフ”して以降」とすると、日本語の性質上、「2015年12月以降」と受け取られる可能性があります。しかし原文の意図はあくまでも「QEを終了した2014年11月以降」。これをどう処理するかが問題です。

問題2)原文からはa return to more normal volatility(より正常なボラティリティへの回帰)の内実が分からない

今回の訳には影響しないのですが、問題が生じるケースが多々あるため、取り上げておきます。

U.S. equity markets have been essentially flat through the first calendar quarter of 2016, with a return to more normal volatility.

この原文だけ見れば、「ボラティリティは正常に回帰しつつ、2016年第1四半期まで株価は横ばいであった」、つまり「以前は高かったボラティリティが徐々に低下し、2016年3月には正常に戻った」とも読めます。しかし事実は異なりまして、2014年11月から2016年3月までの間に何度か激しい上下動があります。実際、2016年年初には世界的にボラティリティが急上昇する局面がありました。これを知っているか知らないかで、日本語が大きく変わることがあります。

金融翻訳の厳しいところはこの点で、常に経済や市場の推移を追い、大体の動きを頭に入れておかないと、原文の上っ面のみ訳して終わり、ということになりかねません。また、どれだけがんばって経済の動きを追っていても、詳細に関して確信が持てないことも多いので、そのたびに事実関係を調査する必要に迫られます(もっとも、それが楽しいとも言えます)。

今回の場合は、例えば米国の代表的な株価指数であるS&P500種指数のチャートを見るだけでも、かなり参考になります。Googleで「S&P500」を検索しますと、結果のトップに同指数の推移を示したチャートが出てきます。最初に表示されるのは「1日」の推移ですから、例えば「1年」をクリックすると、過去1年間の株価変動の様子が分かります。これを見ても、2015年9月と2016年年初に大きく株価が変動(下落)していることが読み取れます(株価が大きく変動する=ボラティリティが高い、ということです)。

問題3)with a return to more normal volatility――withの捉え方

これも金融翻訳の特徴だと思うのですが、as/and/but/withなどの前置詞や接続詞が、かなり無造作に、といって悪ければ自由奔放に使われている感がありますので、文脈を考慮して、逆接なのか順接なのか、はたまた付帯/理由/条件なのかをしっかり見極める必要があります。「andやasだから順接」などの思い込みは禁物です。

今回のwithは「付帯」でいいと思いますが、文脈によっては「正常なボラティリティに戻ったので」「~の結果、正常なボラティリティに戻った」など、理由や結果の意味になる可能性もあります。

※各種レポート筆者諸氏の名誉のために言っておくと、英語と日本語の論理構造の違いが原因で、逆接を逆接、順接を順接で訳せないこともあります。問題はむしろこちらかもしれません。長文を引用しないと検討しにくいのでなかなか難しいですけれども、いつかこのコーナーでも取り上げてみたいと思っています。

問題4)最後の文(But that go-nowhere…)を分かりやすい日本語にする

But that go-nowhere performance masks some of the sharp swings

go-nowhere performanceをどう訳すかも問題ですが(色々と試してみてください)、maskをそのまま「隠す」とするかどうかも問題。結論から言うと、あまりお勧めできません。ちょっと工夫して、「go-nowhere performanceの裏には、some of the sharp swingsが隠(さ)れている」とすれば、少しは日本語らしくなりますが、some ofが思いのほか邪魔で、どうしても翻訳調になってしまいそうです。

前回も言ったように、この原文が最も伝えたい内容は、「株価は(最初と最後だけを見れば)横ばいとなったが、期間中、大きな変動もあった」ということ。この意図を伝えることが我々の第一の使命ですので、英語の構造や語義にこだわって意味不明の日本語となるよりは、勇気をもって原文から離れましょう。

さて、次回はいよいよ最終的な訳の検討に入ります。上記4点を熟慮したうえで、ご自分なりの翻訳文を用意してお待ちください!(「ですます」調で)

それでは次回をお楽しみに。

Written by

記事を書いた人

土川裕子

愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

END