第34回 米国の利上げ①
こんにちは。昨年後半はあまり金融講座らしくない内容になってしまいましたので、今月からしばらくは直球の金融文を読んでみましょう。
米国の利上げに関する文章で、タイトルはRobust Economy Keeps Fed on Track for More Rate Hikes(堅調な経済を背景にFRBは追加利上げを継続)。昨年9月時点のもので少し古いのですが、非常に丁寧に書かれた分かりやすい文章ですので、頭の中で訳すだけでなく、実際に日本語にしてみることをお勧めします。
【課題】(イタリック部分はサブタイトル)
We see three more rate increases from the U.S. Federal Reserve by June 2019.
As widely expected, the Federal Open Market Committee (FOMC), the policy-making unit of the U.S. Federal Reserve (Fed), raised the benchmark fed funds rate by a quarter-percentage point, to a range of 2%-2.25%, at its meeting on September 26, 2018.
◎We see…
金融翻訳では、Weをなるべくなら訳さない、訳すとしても「我々/私たち」ではなく「当社/当ファンド/○○社」を使う、などと指示されることがほとんどです。今回の場合は特にサブタイトルですので、絶対に主語を訳してくれと言われていない限り、省略した方が良さそうです。
これまでのわたしの経験では、逆になるべくWeを訳してほしいと言われることもあり、日本語ではむしろそちらの方が苦労します。(やたらに「我々」を入れると、日本ではいかにも不自然です)
◎rate increases
何ということもない英語ですが、これが大問題。「利上げ(政策金利の引き上げ)」と「金利上昇」の2つの意味があり得るからです。前者が中央銀行の能動的な行為であるのに対し、後者は市場の金利が自然に上昇することを表現しています(市場の金利は、需給動向により自然に決まります)。例えば、
Central banks alluded to the need for interest rate increases as the global economy gathered pace.
世界経済が勢いを増すなか、各国中央銀行は利上げの必要性を示唆しました。
世界経済が勢いを増すなか、各国中央銀行は金利上昇の必要性を示唆しました。
のどちらでも日本語文法上はおかしくありませんが、「中央銀行が、市場金利の自然な上昇の必要性を説く」ことの違和感に気づかねばなりません(文脈によって可能性はゼロではありませんが、通常は前者で解釈するのが妥当です)。従ってこの場合は「利上げ」または「(政策)金利引き上げ」とする必要があります。
なお今回の場合はFRBという大きなヒントがあり、本文中でbenchmark fed fundsとも言っていますので、ratesはinterest rates(金利)、もっと言えばFF金利(下記参照)です。
課題文ではrate increasesの前にthree moreがついていますので「利上げをさらに3回行う」。threeがなくmore rate increasesだけの場合、「さらなる利上げ」でも意味は通りますが、いかにも翻訳調ですね。金融文らしい表現としては、「追加利上げ」や「一段の利上げ」などがあります。全体としては「3回の追加利上げ」でいいでしょう。
◎Federal Open Market Committee (FOMC), the policy-making unit of the U.S. Federal Reserve (Fed)
ここまで丁寧に説明している文章は初めて見ました(笑)。というくらい、金融翻訳者にとっては常識の範疇です。連邦公開市場委員会(FOMC:Federal Open Market Committee)は、連邦準備制度理事会(FRB:Federal Reserve Board)が開く会合で、米国の金融政策を決定しています。年に8回開催され、その度に政策金利の「引き上げ/引き下げ/据え置き」の判断がなされます。日本では「日銀金融政策決定会合」に当たります。
今回の原文では、この政策金利のことをbenchmark fed funds rateと言っていますが、通常はfed funds rate=「フェデラル・ファンド(FF)金利」だけで使われます。benchmarkだけで政策金利を示すこともあります。
FF金利は「米国の金融政策における誘導目標金利」ですが、説明すると長くなりますので、興味のある方はそれぞれ調査してみてください。一つの数値に決めてしまうのではなく、今回の2.00~2.25%のように上限と下限を設定する形になっています。そのため、少し専門的な文章では「FF金利の誘導目標レンジを2.00~2.25%に引き上げる」などの表現を使うことがあります。
2008年9月のリーマンショック後、FRBは2008年11月から断続的に実施してきた量的緩和(Quantitative Easing)策を2014年10月で終了しました。FF金利はほぼ7年にわたり据え置いてきましたが、これも2015年12月についに引き上げ(それまでの0.00~0.25%から0.25~0.50%へ)。その後、課題文の時点で5回、昨年12月の6回目の利上げを経て、現在は2.25~2.50%になっています。
◎a quarter-percentage point
percentage pointは、日本語でも正確には「パーセントポイント」ですが、単に「ポイント」または「%ポイント」とされることもあります。
※パーセントとパーセントポイントの違いについて、ここで改めて説明しておきます。すでに分かっている、という方は読み飛ばしてください。
例えば肉まんが8個、あんまんが2個あったとします。割合は肉まん80%、あんまん20%です。ところがおなかのすいたわたしが肉まんを2個食べてしまい、ばれるといけないのですぐコンビニに向かったが、あんまんしかなく、仕方なくあんまんを2個買ってきたとします。これで肉まんが6個、あんまんが4個ですので、割合はそれぞれ60%と40%です。
ここで「肉まんは20%減った」「あんまんは20%増えた」とするのは、厳密には間違い。肉まんは8個から6個に減ったので、6÷8=0.75つまり25%の減少、あんまんは2個から4個に増えたので、100%の増加だからです。
この違いを明確にするため、パーセントの数字が20増えたことを言いたい時は、「%」ではなく「パーセントポイント」を使います。a quarterはこの場合、「1の4分の1」つまり0.25%ポイントです。
ただ、いちいち「ポイント」をつけるのは煩雑ですので、以上を踏まえたうえで、単に「%」としているケースも多いようです。翻訳の場合は、翻訳会社、あるいはクライアントの指示に従います。
それでは全体を訳してみましょう。
【課題(再掲)】(イタリック部分はサブタイトル)
We see three more rate increases from the U.S. Federal Reserve by June 2019.
As widely expected, the Federal Open Market Committee (FOMC), the policy-making unit of the U.S. Federal Reserve (Fed), raised the benchmark fed funds rate by a quarter-percentage point, to a range of 2%-2.25%, at its meeting on September 26, 2018.
【試訳】
FRBは2019年6月までに3回の追加利上げを行うと予想
米連邦準備制度理事会(FRB)の政策決定機関である連邦公開市場委員会(FOMC)は2018年9月26日の会合で、広く予想されていた通り、政策金利であるフェデラル・ファンド(FF)金利を0.25%ポイント引き上げ、2.00~2.25%としました。