第12回 運用報告書①
こんにちは。今回から何度かに分けて、「運用報告書」を読んでいきたいと思います。
日本証券業協会のウェブページでは、「(購入したファンドや投資信託等が)これまでどのような運用がなされ、実績はどうだったのか、また、現在の経済・金融情勢を踏まえ、今後どのような方針で運用されていくのか等を詳しく説明したものが”運用報告書”です」と説明されています。このページに内容の詳細が書かれていますので、興
味のある方はご覧ください。
(http://www.jsda.or.jp/manabu/trust/level2/trust2_10.html)
運用報告書は発行が義務付けられているため、投資信託・ファンド等を購入すれば、必ず目にすることになります。以前は郵便で送られてきましたが、最近はネット上での閲覧も可能になりました。証券会社のウェブページに行けば、購入していない人でも閲覧可能ですので、見たことがないという人は是非探してみてください。
運用報告書は多くの場合、月・四半期・半期・一年ごとに発行されます。従って、翻訳もそのたびに発生することになります。
内容の構成は各社様々ですが、経済・市場動向や、市場に影響する経済以外の要因(政治やテロ、天候など)についての概説、報告対象となる期間(当期)の運用成績、具体的な運用戦略やポジション(持ち高)の状況、当期の投資行動、今後の景気見通しや運用方針などについて説明があります。
各項目のタイトルも様々で、経済・市場動向はMarket Review/Overview(「市場概況」「投資環境」等)、運用成績はPerformance/Fund Review(「運用成績」「運用状況」「パフォーマンス」等)など。他にActivity/Fund Positioning/Investment Planなどの項目がありますが、運用会社によって内容が様々なので、「投資行動/運用方針/投資戦略」等々、訳も様々です。タイトルはSummaryやCommentaryのみで、以上の内容がすべてまとめて語られることもあります。
前置きが長くなってしまいましたが、まずはMarket Reviewの例を見てみましょう。
以下は、米国株式を中心に運用するファンドの運用報告書の冒頭、Market Review(市場概況)の一部です。
Market Review
①The U.S. equity market finished positive for the period. The U.S. Federal Reserve (Fed) held its benchmark interest rate unchanged for the third consecutive quarter, stating its desire to wait for further evidence of continued progress toward its objectives. While the unemployment rate remained unchanged, at 4.9% in August, the U.S. economy added 151,000 jobs, against an expected increase of 180,000. ②A mixed corporate earnings season, and continued Fed uncertainty, contributed to investor uncertainty. 70% of companies in the S&P 500 reported second quarter earnings above their mean estimates (…) U.S. real gross domestic product in the second quarter expanded by 1.4% (…) Manufacturing activity rose slightly (…)(2016年9月末時点)
この部分では、米国の中央銀行に相当する連邦準備制度理事会(FRB)の動きや雇用統計、企業業績、GDPその他の経済指標など、経済や市場の動向をざっくりと説明しています。このような状況だったので、ファンドのパフォーマンスはこれこれになりました…という具合に話が続いていきます。今回は入門編ということで、上記下線部に絞って詳しく見てみましょう。
①The U.S. equity market finished positive for the period.
for the periodは、その運用報告書の報告対象としている期間を指しますので、これが月間報告書なら「当月/当期」「9月」など、四半期の報告書なら「当四半期/当期」または「7-9月期」などとします(クライアントの指示に従います)。
finished positiveは「ポジティブで終了した」、つまり7-9月期の運用報告書ならば、4-6月期末の株価と7-9月期末の株価を比較すると後者の方が上であった、前期末比でリターン/パフォーマンスはプラスであった、利益を上げた、という意味です。
【①試訳】
●当期、米国株式市場は前月末を上回る水準で月を終えました。
●米国株式市場は当期、プラスのリターンを上げました。
※例えばUS equity market made gains.という文章で、「上昇する」という訳語を使いたい場合、「米国株式市場は上昇した」と「米国株式市場では株価が上昇した」の二通りの訳が考えられます。本来、「市場」は「上昇」するものではありませんので、日本語としては後者が正確ですが、掲載先やクライアントによっては前者が好まれることもあります。逆に「市場が上昇」が嫌われるケースもあります。
②A mixed corporate earnings season, and continued Fed uncertainty, contributed to investor uncertainty.
corporate earnings seasonは「企業の決算(発表)シーズン」。mixedは金融独特の表現で、業績が良い企業と悪い企業が混ざっていた、ということ。「強弱が交錯/混在/まちまち/入り混じる」「まだら模様」など様々な表現があります。決算だけでなく、景気指標や市場に影響を与える材料/イベントにも使われる表現です。
continued Fed uncertaintyは「継続するFRBの不確実性」…などとせず、もう少し日本語らしい表現を探ってみましょう。この3語の裏には、「今後FRBがどのような金融政策を採用し、政策金利の引き上げ(利上げ)をどのようなペースで何回実施するのか、利上げの着地点はどこか(何%まで引き上げるか)といった点が見通せない状態が続いている」というニュアンスが隠されています。訳自体は原文に近いものになるとしても、内容を正確に理解しているか否かで、訳文全体の流れが大きく変わる可能性もあります。簡単に見える英語でも、その内容を常に考えながら訳すようにしましょう。
この文章のもう一つのポイントは、uncertaintyが2回出てくることでしょう。Fed uncertaintyは、「FRBの今後の動向がuncertainty」ということですので、「不透明(感)」「不確実(性)」などが考えられます。しかしinvestor uncertaintyは投資家の動きが不透明/不確実なのではなく、投資家の疑念や不安が膨らんでいることを指しているため、それなりの訳とする必要があります。
【②試訳】
●強弱まちまちな企業決算内容と、連邦準備制度理事会(FRB)を巡る根強い
不透明感が、投資家の不安をかき立てる要因となりました。
●企業決算は強弱が入り混じり、また連邦準備制度理事会(FRB)を巡る不透
明感が拭えない状況が続いたことで、投資家の不安に拍車が掛かりました。
※「投資信託」と「ファンド」(の違い)については、様々なサイトで説明されていますので、気になる方は探してみてください。