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第7回 臨床試験(3) 「治験の総括報告書」(1)

横田晴子

治験翻訳入門

 前回までに治験の実施の基準や臨床試験の方法論についてお話しました。これらの基準や指針に従って、製薬会社や医療機関そして多数の被験者が関わって治験を実施しました。さて、その結果はどのような形にまとめられるのでしょうか。添付の表1は「治験の総括報告書」の目次です(表1)。
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表1 治験の総括報告書の項目.jpg
「これを訳すとなると、大変!」と思うような膨大で詳細なものですが、これでも小項目は省いてあります。

 このような報告書作成のための指針が「治験の総括報告書の構成と内容に関するガイドライン」です。このガイドラインもICHのガイドライン”Structure and Content of Clinical Study Report”に基づいており、本ガイドラインに従って作成された総括報告書の中核部分はICH参加地域の全ての審査当局に受け入れられます。ただし、日本の治験結果を用いて海外で申請する際は英文の報告書が求められ、一方、海外の英文報告書を用いて日本で申請する際は、日本語の要約を添付します。日本語の要約は主に英文の総括報告書のSynopsis(「概要」)部分の訳に基づいて作成されます。このためsynopsisはよく翻訳されますが、実際には治験実施医療機関の関係者の参考資料として、また製薬会社内での開発業務の参考のために、本文全文を訳すことも多いのです。このように「治験の総括報告書」は英訳・和訳とも翻訳の仕事の多い文書です。

 「治験の総括報告書のガイドライン」*はメディカルライターや開発担当者が報告書を作成するための指針であるため、臨床試験の科学的方法論や統計解析に関する技術的な記述がかなりの部分を占めます。しかし、翻訳者は報告書を自ら作成するのではなく、作成された報告書を訳すことが仕事です。そこで、技術的な詳細についてはガイドライン本文(http://www.pmda.go.jp/ich/efficacy.htm)を必要に応じて直接読んでいただくこととし、この講座では今回と次回の2回に分けて、総括報告書を訳す際に参考になる事項を中心にお話します。

*「治験の総括報告書のガイドライン」は主にフェーズIIとIIIの治験を対象に書かれていますが、その大部分がフェーズIの試験にもあてはまります。

1.治験の総括報告書の構成

 治験の総括報告書は個々の治験についての臨床及び統計上の記述、提示及び分析内容を一つの報告書に統合したもので、表1で見たように膨大な項目の詳細が設定されています。このように膨大になるのは、治験がGCPに従って科学的に実施され、得られた結果が当該品目の有効性、安全性を立証して開発の次の段階、又は申請に進むのに十分な根拠となっていることをもれなく示すためです。したがって、本文の構成内容は大別すれば、GCP遵守(compliance to GCP)関連の陳述、治験の計画(investigational plan)、有効性の評価(efficacy evaluation)、安全性の評価(safety evaluation)、考察と結論(discussion and overall conclusion)となります。

 本文のほか、本文中または本文末尾に表及び図を含み、さらに付録(appendix)として「治験実施計画書(protocol)」「症例記録用紙(case card)の見本」「治験責任医師(investigator)等に関する情報」「治験薬(被験薬、有効成分を含む対照薬またはプラセボ)[study drugs (the investigational drug, active control/comparators or placebo)]に関する情報」「技術的統計的文書(technical statistical documentations)」「関連する刊行物(publications)」「患者データ一覧表(patient data listings)」「技術統計的な詳細(計算式、コンピュータ処理、分析、コンピュータ出力など)」などの重要な文書が添付されます。

2.総括報告書の翻訳と治験実施計画書(参考資料と用語辞書)

 このような多岐にわたる内容の「治験の総括報告書」を翻訳していく上で専門分野の辞書は欠かせません。しかし、科学の進歩は日進月歩で、専門用語辞書の作成は学会でも追いついていないのが現状で、インターネットや成書などで調べて自分の辞書を作っていくことが重要です。このような中で、治験総括報告書の翻訳では「治験実施計画書」の英文と日本文があれば、大変参考になります。開発の経緯や被験薬の特性に関連した特殊な用語など、他で調べてもわからないものでも、治験実施計画書の英語と日本語を対比すればわかることが多いのです。また、クライアントが社内用に用語リストを作っている場合もあります。

 このように治験実施計画書、あるいはクライアントが持っている用語辞書その他の関連情報は翻訳者にとって貴重です。翻訳会社を通して翻訳する場合は、翻訳会社の窓口を通して、個人で直接クライアントと契約している場合は直接クライアントにお願いして、できるかぎりこれらを入手して下さい。製薬会社側は守秘性の観点から翻訳を外注する文書以外のものを外部に出すのを避ける傾向がありますが、新規性のあるプロジェクトほど、情報は製薬会社内にしかなく、用語等も確立されていません。よい翻訳結果を得るためには、情報が必要であることをクライアントにわかってもらって下さい。そのための機密保持契約なのです。

 さらに、製薬会社では「治験の総括報告書」はテンプレートを用いて作成しています。このテンプレートを使わせてもらえると書式も一定で、訳漏れも防げて便利です。これは製薬会社と翻訳会社、あるいは翻訳者個人との信頼関係によりますので、日頃からそのような関係を築いておき、共通のテンプレートを使って翻訳も行えば、結果的にはクライアント、翻訳会社、翻訳者いずれにとっても便利で、省エネになります。

 また、余談になりますが、治験は「治験実施計画書」に従って行われますので、当然のことながら、「治験の総括報告書」の項目や記述内容(主に「方法」の項)は「治験実施計画書」に類似しています。中にはコピーペーストで使える部分もあるくらいです(そうであれば、ラッキー!)。しかし、総括報告書は治験の実施過程で生じた様々な問題を踏まえて作成されますので「治験実施計画書」と比べて何が問題で、どう違うのか、「総括報告書」の記述をよく読んで訳を進めることが重要です。

 なお、治験総括報告書は本文だけでも100ページを超えるものが多いので、納期の関係から、何人かで手分けして訳すこともあると思います。その場合の用語の統一に関しても、クライアントの用語リストがあれば助かります。ない場合はどうするか、翻訳会社と話し合っておきましょう。まずは治験総括報告書中の略語・用語リストや、一般的な用語についてはガイドラインの用語に従います。

 では、総括報告書の主な項目について、翻訳の観点から見ていきましょう。

3.治験総括報告書の項目ごとの注意点

1) 標題ページ(Title page)

このページを見れば「どのような治験であるか」が手っ取り早くわかります。ここには、以下のような治験の基本的な情報が標題やその補足として記述されます。これらの用語を自分の用語リストに加えましょう。

・ 治験の標題(study title)

・ 被験薬名(name of test drug/investigational product)

・ 対象とした適応(indication studied)

・ デザイン(並行群間比較、クロスオーバー、盲検化、無作為化など)[Design (parallel, cross-over, blinding, randomized)]、比較(プラセボ、実薬、用量-反応)[Comparison (placebo, active, dose/response)]、期間(duration)、用量(dose)、患者母集団(patient population)

・ 治験依頼者名(name of the sponsor)

・ 治験実施計画書の識別コード(又は番号)[Protocol identification (number or code)]

・ 開発のフェーズ(相)(development phase)

・ 治験開始日(study initiation date)、早期中止日(date of premature/early termination)、終了日(study completion date)

・ 治験総括(調整)医師又は治験依頼者の医学責任者の氏名と所属(name and affiliation of principal or coordinating investigator(s) or sponsor’s responsible medical officer)

・ 治験依頼者側署名者(Name of company/sponsor signatory)、総括報告書責任者の氏名(the person responsible for study report)、電話番号、ファックス番号

・ GCP遵守に関する陳述(statement indicating whether the study was performed in compliance with GCP, including the archiving of essential documents

・ 報告書の日付(date of the report)

 では、標題の例を挙げますので、訳してみて下さい。

(例)A multicenter, Double blind, Randomized, Parallel, Dose-Response Study to Assess the Efficacy

and Safety of ABC123(10, 25, 50mg b.i.d) compared to Placebo in Patients with Type 2 Diabetes

(訳) 2型糖尿病患者におけるABC123 (10, 25, 50 mg 1日2回投与)の有効性と安全性を評価する多施設無作為化二重盲検並行群間比較用量-反応性試験

 これだけの文字数の中に、治験薬の開発コード、その用法・用量、比較(プラセボ対照、用量-反応性)対象患者、治験実施施設、デザイン(盲検性、無作為化、並行群間比較)、治験のタイプ、治験の目的等多岐にわたる情報が網羅されていることがおわかりでしょう。

2) 概要(Synopsis)

「概要」は当該治験の概略を示す部分です。添付のような書式が用いられ(別添1概要、Annex 1 Synopsis参照)、
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別添1 概要.gifSynopsis Annex 1.gifannex.cont.gif
各項目数行から20数行位でその項目の内容が要約され、全体で3~10ページ位です。開発段階で治験全体の構成や問題点を把握するため、また、日本語要約を作成するため、治験総括報告書のこの部分だけ数報~数10報まとめて翻訳が発注されることがあります。

 「概要」中のObjective(治験の目的)の項の記載例です。これも短い中に情報が詰まっています。訳してみましょう。

(例)To evaluate effects of ABC123 on fasting blood glucose, fasting insulin, C-peptide, HOMA-b, HOMA-R, lipids (TG, TC, LDL-C, HDL-C, and FFA) (changes from pretreatment levels) in patients with type 2 diabetes mellitus, as compared with placebo serving as a control.

(訳) 2型糖尿病患者における空腹時血糖、空腹時インスリン、C-ペプチド、HOMA-b、HOMA-R、脂質(中性脂肪, 総コレステロール、LDLコレステロール、HDLコレステロール及び遊離脂肪酸)(基準値からの変化)に対するABC123の効果をプラセボと比較して評価すること。

3)目次 (Table of contents)

総括報告書ガイドラインの目次の項目に対応しますが、当然のことながら、取り上げる項目は試験の目的、対象母集団、デザイン、解析方法などによって、変わってきます。余裕のある時にガイドラインの目次の項の英語、日本語を対比して辞書を作っておくと便利です。

4)略号及び用語の定義一覧 (List of abbreviations and definition of terms)

報告書中で用いられる略語一覧表及び専門用語、一般的でない用語又は測定の単位の一覧表及び定義を示したもので、他では見つからない用語や、その試験に限ってクライアントが用いている用語もあるので、必ず参考にします。この表に訳語が入っていない場合には、治験実施計画書の英文と日本文の略語表、用語リストを参照できると便利です。

5)倫理 (Ethics)、6)治験責任医師等及び治験管理組織(Investigators and study

administrative structure)

GCP遵守に関連した事項です。詳細についてはガイドライン本文及び本講座第5回のGCPについての記述を参照して下さい。

7)緒言 (Introduction)、8)治験の目的(Objectives)

緒言には被験薬の開発における当該治験の位置付け、治験実施の根拠と目的、対象母集団、治療法、期間、主要評価項目などが要約されているので、その治験の把握に役立ちます。治験の目的も同様です。

今回はここまでとし、次回は「治験の計画」「有効性の評価」「安全性の評価」「考察と結論」について解説します。

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記事を書いた人

横田晴子

国際基督教大学を卒業後、株式会社医学書院にて内科雑誌の編集を担当。その後サンド薬品株式会社にて、医療機器開発、医薬品開発関連の翻訳を担当。合併によりノバルティスファーマ株式会社となってからも、医薬品開発関連の翻訳および翻訳外注管理を担当。2003年には同社にてメディカルライティング部署創設に参画。退職後は外部委員として社内治験審査委員会に参加し、また、フリーランス翻訳者として医薬品開発関連の翻訳に従事。

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