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第4回 非臨床試験(3) 薬物動態試験

横田晴子

治験翻訳入門

 今回は薬物動態試験(pharmacokinetic studies)についてお話します。薬物動態は薬の効果や副作用と深く関わっています。その試験方法は動物とヒトとでは多くの点で異なるものの、「薬物動態」という考え方の基本や用語などは同じで、ここで述べることの多くはヒトにもあてはまります。タイトルは非臨床試験(3)となっていますが、動物の薬物動態試験から入って、ヒトでの問題にもふれていきたいと思います。

 体内に入った薬は効果を発揮する部位(作用部位site of action)まで血流によって運ばれ、薬物分子がその部位の受容体(receptor)と結びついて相互作用を起こすことにより初めて効果を示します。

 内服(経口oral)、注射(injection)、外用(topical application)など様々な投与経路(administration route)から体内に入った薬は、投与した用量(dose)のうちどの位の量が、どのような経路で、何時間かけて作用部位に到達するのでしょう?また、薬はどのような形(元のまま=未変化体unchanged drug、あるいは化学的に修飾された形)で効果を示し、さらに、仕事を終えた後、どのように分解(代謝metabolize)されて、どの位の時間で体外に出て行く(排出eliminate)のでしょうか?

 薬物動態試験はこのような、薬の生体内での動き・運命を調べる試験、いわば体内旅日記です。日本臨床薬理学会のHPの「市民のための薬と病気のお話」に「薬物動態」の分かりやすい説明がありますので、読んでみて下さい。(http://www.jscpt.jp/kusuri/q03_0.1.html)

 ガイドラインは「非臨床薬物動態試験ガイドライン」(医薬審第496号、平成10年6月26日) (http://www.nihs.go.jp/mhlw/tuuchi/1998/980626/980626.html)、「反復投与組織分布試験ガイダンスについて」http://www.pmda.go.jp/ich/s/s3b_96_7_2.pdf 及び「トキシコキネティクス(毒性試験における全身的曝露の評価)に関するガイダンス」を参照して下さい。

(http://www.pmda.go.jp/ich/s/s3a_96_7_2.pdf)

 非臨床薬物動態試験の目的は動物を用いて被験物質の体内動態を明らかにすることによって、ヒトにおける体内動態を予測し、有効性と安全性の評価に役立てることです。薬の体内動態(体内の旅)には、吸収(absorption)、分布(distribution)、代謝(metabolism)、排泄(excretion)の4つの相があり、この過程の総称として、これらの頭文字を組み合わせてADMEと呼ばれます。薬物を体外に出す過程で代謝と排泄が行われ、合わせて消失(elimination)の過程と言われます。それでは、これらの過程をそれぞれ見ていきましょう。

1. 吸収の過程 薬には塗り薬のように、直接作用部位に投与されるものや、静脈内注射のように、直接血管内に投与されて作用部位に運ばれるものもありますが、多くの薬は口から投与され、胃で溶解(dissolve)され、小腸へと移行してそこで吸収(absorb)されて全身を循環している血液(circulating blood)中に入り、そこから作用部位に運ばれて薬効を示します*。

 吸収過程の問題としては、胃で溶解される際に、胃酸で分解されて本来の働きが失われてしまう薬物もあり、ヒトに用いる時に、錠剤にコーティングして小腸に行ってから溶ける腸溶錠にするなどの工夫がなされます。また、小腸から吸収後、全身循環に入る前に、門脈を経て肝臓を通過する際に代謝されて活性(activity, 効力)を失ってしまう薬もあります(初回通過効果 first-pass effectという)。これを避けるため、口腔粘膜から吸収させて直接循環血に入る舌下錠(sublingual tablet)というものもあります。

 注射剤、ことに静脈内注射(静注intravenous injection, i.v.)の場合は、薬が直接循環血液中に入るため、直ちに作用部位に到達し、効果を現します。筋肉内注射(筋注intramuscular injection, i.m.)や皮下注射(皮下注subcutaneous injection, s.c.)の場合は、効果発現は静注後よりはやや遅れますが、経口投与後よりはるかに早くなります。

*余談:薬の旅では、血管がいわば街道のようなもので、そこには「血液‐脳関門(blood-brain barrier, BBB」や「血液-胎盤関門」という関所もあって、体にとって異物である薬が重要臓器である脳や胎盤に直接入らないような仕組みになっています。ですから、脳や胎盤に作用する薬は逆に、ここを通過できる物質を選ぶか、通過できるような分子設計上の工夫が必要です。

2. 分布の過程

 肝臓での代謝を免れた薬物は肝静脈・大静脈を経て心肺系に入り、全身を循環して、その薬を必要とする部位に分布(distribute)し、受容体と結合します。しかし、薬物は作用部位の受容体だけでなく、血液中の蛋白(アルブミンなど)とも結合します。薬物が血液中の蛋白と結合すると、分子が大きくなりすぎて血管壁を通過できないため、作用部位の受容体と結合できません。したがって、蛋白と結合していない遊離型(free)の薬の濃度が重要です。

 薬の血中濃度は投与直後には0ですが、吸収され、循環血に入る量が増えるに従い上昇して、一定時間後(最高血中濃度到達時間Tmax、薬によって異なる)に最高血中濃度(Cmax)に到達し、その後徐々に、あるいは薬によっては急激に、減少していきます**。これをグラフで表したものを血中濃度-時間曲線(blood concentration-time curve)といい、身体が利用できる薬物濃度の推移を表します。この曲線と縦軸(血中薬物濃度)、横軸(時間経過)で囲まれた範囲を血中濃度-時間曲線下面積(area under curve, AUC)と言い、循環血中に入った薬物の量の指標です。静脈内投与後のAUCを投与量とみなしてこれに対する経口投与後のAUCの割合を表したものを生物学的利用率(バイオアベイラビリティbioavailability)**といいます。

  *投与した薬は一定時間後に何%が血中に、何%が目的とする組織中に、さらに何%が他の組織(消化管、肝臓、心臓、腎臓、膀胱など)中に分布し、それは時間の経過とともにどう変化するのか。これをヒトで直接調べることはできませんが、動物では全身オートラジオグラフィー(whole body autoradiography)で調べることができます。これは放射標識した(radio-labeled)薬物を動物に投与し、決められた時間ごとに殺処分して、その凍結切片における放射能の組織分布を画像で示すもので、この画像を比較することにより薬物の経時的な体内分布がわかります。

  **生物学的利用率= 経口投与のAUC/静脈内投与のAUC x 100 (絶対的バイオアベイラビリティ)

3. 消失の過程-代謝と排泄 さて、薬の旅も道半ばを過ぎ、ある者は首尾よく作用部位に到達して役目を果たしましたが、ある者は血中蛋白に捕らえられて目的地に達せず、さらに別の者は早々と肝臓で代謝されて元の姿を失ってしまいました。しかし、目的を果たした者も果たさなかった者も、体外に出て旅を終えなければなりません。生体は異物である薬を体内から排除しようとするからです。血液や組織から薬物が出ていくのが消失(elimination)の過程です。消失速度の指標のひとつとして、血中薬物濃度が1/2になるのに要する時間を(消失の)半減期(half-life)といい、t1/2で現します。

 消失の過程で、薬は体外に出しやすい形に姿を変えられます。水溶性(water-soluble)の薬物であれば、腎臓がこれを尿に溶かして排泄(腎排泄renal excretion)します。腎臓の能力を超えた量の薬物は体内に蓄積(accumulate)し、血中濃度が高くなります。腎機能が低下している場合には、排泄できなかった薬物によって副作用が出やすくなりますので、ヒトに使う際は投与量を調整します。薬物が血漿中から尿中へどの程度排泄されるか、という指標が腎クリアランス(clearance)です。

 水に溶けにくい脂溶性(fat-soluble)の薬物の場合は、肝臓で代謝し、水に溶けやすい方向へ変換(極性化)した後、この代謝物(metabolite)を胆汁中に溶かして、糞中に排泄、あるいは尿中に溶かして排泄します。

 肝臓が薬物を代謝する際に重要なのが薬物代謝酵素(drug metabolizing enzyme)です。これは動物とヒトでは一部異なりますが、特に重要なのがチトクロムシトクロムcytochrome)P-450と呼ばれる電子伝達系の一連の酵素で、細胞内の酸化還元に重要な働きを示します。P-450は15種類のサブファミリーから成るスーパーファミリー(分子種)を形成しています。そこでcytochromeを表すCYPの後にファミリー〈数字〉、サブファミリー(アルファベット)、サブファミリー内の連番を付記して分類します。CYP3A4、CYP2D6のように。大親分CYPの下に子親分1、2、3、孫親分A、B、C、子分1、2、3でしょうか。

 同じ代謝酵素で代謝される複数の薬物を併用すると、互いに代謝を阻害することがあり、このような現象を薬物相互作用といいます。これによって副作用が現れることがあるので、薬を併用する際はその組み合わせに注意が必要です。

 薬物代謝酵素には個体差があり、特定の薬物代謝酵素が欠けている場合(遺伝多型polymorphism)には、その代謝酵素によって代謝される薬物が代謝されず、体内に蓄積します。ヒトの場合、個体差だけでなく、民族差(ethnic difference)もあるため、薬の開発において、他地域〈例えば欧米〉のデータが日本には当てはまらない場合があります。ICHでは3極(tripartite日・米・欧)間で調和を図り、相互にデータを提供したり、国際共同試験(global study)を行ったりしていますが、この民族差のために支障が生じる場合もあり、これをどのように扱うかは国際共同開発の課題です。

では、最後に例題を訳してみましょう。

(例題)

1. Absorption of XYZ123 after oral administration is rapid, although the amount absorbed varies widely.

2. XYZ123 is highly bound to serum protein (94-97%), mainly serum albumin.

3. Of the absorbed dose, 70% is excreted in the feces and 30% in the urine, mainly as unchanged compound.

(訳)

1. 経口投与後のXYZ123の吸収は、量的には広範囲に亘るが、速やかである。

2. XYZ123は血清蛋白、主として血清アルブミンに高度(94-97%)に結合する。

3. 吸収された用量のうち70%は糞中に、30%は尿中に、大部分が未変化体として排泄される。

次回はいよいよ臨床試験に入ります。

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記事を書いた人

横田晴子

国際基督教大学を卒業後、株式会社医学書院にて内科雑誌の編集を担当。その後サンド薬品株式会社にて、医療機器開発、医薬品開発関連の翻訳を担当。合併によりノバルティスファーマ株式会社となってからも、医薬品開発関連の翻訳および翻訳外注管理を担当。2003年には同社にてメディカルライティング部署創設に参画。退職後は外部委員として社内治験審査委員会に参加し、また、フリーランス翻訳者として医薬品開発関連の翻訳に従事。

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