第3回 非臨床試験 (2)毒性試験
今回は非臨床試験のうち、毒性試験についてお話します。
毒性試験とは、動物に被験物質を投与して有害な作用(毒性)の有無を検討することによって、薬物としてヒトに投与した時の安全性を確保するために行う試験です。主なものは単回投与毒性試験、反復投与毒性試験、生殖発生毒性試験で、そのほかにがん原性試験、遺伝毒性試験、免疫原性試験、トキシコキネティクスなどがあります。
毒性試験の多くはICHで様々な段階の合意に達しており、国内のガイドラインはICHのガイドラインにおおむね対応していますので、翻訳の参考にできます。(医薬品毒性試験法ガイドラインの改正ほか)(http://www.pmda.go.jp/ich/safety.htm)。
毒性試験関連の用語集としては「トキシコロジー用語事典」(株式会社じほうhttp://www.jiho.co.jp/shop/goods/goods.asp?goods=31381)があります。
1.単回投与毒性試験(Single-dose toxicity study)
この試験の目的は、被験物質を哺乳動物に1回だけ投与した時の毒性(単回投与毒性 single dose toxicity)(急性毒性acute toxicityともいう)を明らかにすることです。
2種(species)以上の動物(主にマウス、ラット、少なくとも1種は雌雄)を用い、原則としてヒトに用いる予定の経路 (administration route)で投与します。毒性の徴候(signs)を把握でき、しかも、用量反応関係(dose-response)(用量に応じて毒性徴候が強まっていくこと)が認められるように用量段階(dose level)を設定します。
試験期間中(通常、14日間)、毒性徴候の種類、程度、推移及び可逆性(reversibility)を用量との関連で観察・記録します。観察期間中の死亡動物及びげっ歯類(rodents、ネズミ、リスなど)は試験終了時に全生存例を剖検(autopsy解剖)します。剖検時肉眼で異常が認められた場合は病理組織学的検査(hystopathological examination顕微鏡などで組織を観察)を行います。
試験結果から被験物質の概略の致死量(lethal dose)を求め、ヒトに投与した時の毒性予測の参考にします。
2.反復投与毒性試験(Repeated-dose toxicity study)
反復投与毒性(repeated dose toxicity)(chronic toxicity慢性毒性ともいう)試験の目的は、被験物質を哺乳動物に繰り返し投与後の毒性変化(徴候など)を記録すること、及び毒性変化を起こす用量(毒性量toxic effect dose)と起こさない用量(無毒性量non-toxic effect dose)を検索することです。
2種以上の動物(げっ歯類では1群雌雄10匹以上、非げっ歯類では雌雄3匹以上)に、ヒトの予定投与経路で、その予想使用期間に応じげっ歯類で6ヵ月、非げっ歯類で9ヵ月間投与します。
用量段階は毒性量と無毒性量を含む少なくとも3段階で、かつ用量反応関係が見られるように設定します。また被験物質を投与しない(溶媒投与vehicle又はmedium)対照群(control group)を設けて比較対象とします。
観察及び検査項目は一般状態(clinical symptoms)、体重、摂餌量(feed consumption)、飲水量、血液検査(hematology)、尿検査(urinalysis)、眼科的検査(ophthalmology)その他の機能検査などです。なお、毒性変化が可逆性であるかを見るため、回復性試験(recovery study)を行うことがあります。
投与期間中の死亡及び極度の衰弱例(debilitated animal)は途中で剖検を行い、さらに、投与期間終了時に全例の剖検を行い、病理組織学的検査も行います。
ここで少し目先を変え、上記の説明を参考に以下の英文を和訳してみてください。(出典:Duration of Chronic Toxicity Testing in Animals (Rodent and Non Rodent Toxicity Testing http://www.pmda.go.jp/ich/safety.htm)
1. OBJECTIVE
The objective of this guidance is to set out the considerations that apply to chronic toxicity testing in rodents and non rodents as part of the safety evaluation of a medicinal product. Since guidance in not legally binding, an applicant may submit justification for an alternative approach.
〈中略〉
3. BACKGROUND
During the first International Conference on Harmonisation in 1991, the practices for the testing of chronic toxicity in the 3 regions (EU, Japan, and US) had been reviewed. Arising from this it emerged that there was a scientific consensus on the approach for chronic testing in rodents, supporting the harmonized duration of testing of 6 months. However, for chronic toxicity testing in non-rodents, there were different approaches to the duration of testing.
The lack of harmonized duration led to the need for pharmaceutical companies to perform partially duplicative studies for both 6 and 12 months duration when developing new medicinal products. As the objective of ICH is to reduce or eliminate the need to duplicate testing during development of medicinal products and to ensure a more economical use of material, animal and human resources, while at the same time maintaining safeguards to protect public health, further scientific evaluation was undertaken.
(訳例)
1.目的
本指針の目的は、医薬品の安全性評価の一部としてのげっ歯類及び非げっ歯類における反復投与毒性試験に適用する留意事項を設定することである。指針には法的拘束力はないため、申請者は別の方法の妥当性を提起してもよい。
〈中略〉
3.背景
1999年のICHにおいて、3極(EU、日本、米国)における反復投与毒性試験の実施方法を再検討した。これに基づき、げっ歯類への反復投与試験の方法について、投与期間を6ヵ月とすることを支持するという科学的な合意に至った。しかし、非げっ歯類の毒性試験の期間については異なる提案が出された。
投与期間に関して合意に達しなかったため、製薬会社では新医薬品の開発において6ヵ月と12ヵ月の部分的に重複する試験を行わざるを得なくなった。ICHの目的は医薬品開発における試験の重複を軽減もしくは削減し、実験材料、動物、人材のより経済的な使用を保証し、同時に医療サービスを守ることでもあるため、さらなる科学的評価が行われた。
いかがでしたか?これはガイドラインで、試験報告書ではありませんが、内容を理解し、その分野の用語に慣れておくことは、どの分野の翻訳にも必要なことです。
3.生殖発生毒性試験 (Reproduction toxicity study)
この試験の目的は、被験物質が哺乳類の生殖発生に及ぼす影響を検討し、その知見を他の毒性試験結果、薬理試験結果などに照らして、ヒトの生殖発生に対する危険性の判断材料を提供することです。
親動物にさまざまな段階で被験物質を投与して、親世代の生殖機能(reproductive function)と子世代への影響を検討します。投与期間によって3種の試験、すなわち、投与期間を着床時点までとする「受胎能(fertility)及び着床までの初期胚発生に関する試験」「出生前(prenatal)及び出生後(postnatal)の発生並びに母体の機能に関する試験」及び投与期間を器官形成期終了までとする「胚・胎児発生に関する試験」に分けられます。
試験に応じて、以下の項目を観察します。
A.交尾前(premating)~受精(conception)[親世代の生殖機能、配偶子の発生及び成熟、交尾行動
(mating behavior)、受精]
B.受精~着床(implantation)[親の生殖機能、着床前発生(preimplantation development)、着床]
C.着床~硬口蓋閉鎖[親の生殖機能、胚発生(embryonic development)、主要器官の形成]
D.硬口蓋閉鎖~妊娠終了[親の生殖機能、胎児発生と成長(fetal development)、器官発生と成長
(organ development, organogenesis)]
E.出生~離乳(weaning)[親の生殖機能、新生児(neonates)の子宮外生存(extrauterine life)への適応、
離乳前の発生と成長]
F.離乳~性成熟(sexual maturity)[離乳後(postweaning)の発生と成長、独立生存への適応、完全な
性機能の獲得]
ヒトと実験動物では、妊娠期間も薬の代謝も異なり、また動物種によって特徴的な奇形もあり、動物での結果がそのままヒトに当てはまるわけではありません。さまざまな条件を考慮して、ヒトの生殖に対する影響を検出しやすいように、投与経路、用量、投与期間、観察項目などを設定して動物試験を組み立てます。動物で影響の見られた用量がヒトではどのくらいに相当するのかを、動物試験結果をヒトに外挿する(extrapolate)と言います。
4.その他の毒性試験
上記のほかにがん原性試験(動物への長期投与により、ヒトでの発がん性を検討)、遺伝毒性試験(培養細胞などに被験物資を添加して、細胞の変異を検討)、免疫原性試験(免疫機能に対する影響の評価。過敏性、アレルギーなどを含む)などがあります。これらの試験の実施は、被験物質の投与期間や薬物の特性によって、求められる場合と、必要ない場合があります。また、トキシコキネティクス試験は様々な毒性試験の用量と毒性の関係を薬物濃度との関連で検討し、ヒトでの安全性評価の参考にするものです。これらの試験の詳細は関連ガイドラインなどを参照してください。(http://www.pmda.go.jp/ich/safety.htm)