翻訳で再発見
最近、知り合いから翻訳を頼まれ、いくつか翻訳をしました。よく通訳者の翻訳は読んだらすぐにわかるとい言われますが、私の翻訳はまさに典型的な”通訳者翻訳“だと思います。どうしても前から読み下していくサイトラ型で訳していくので、口頭で聞いているのであればいいのですが、実際に文字にしていくと余計なつなぎ言葉が入ってしまい、文字で見ると、くどくなることがあります。
サイトラは自分で理解したり、口頭で説明したりするには非常に効果的ですが、翻訳にすると言葉の入れ替えや“てにおは”を変えていく必要があります。口頭で聞くと違和感がないのに、文字にして読んでみるとこなれていないと感じるのは不思議ですよね。普段の通訳では、相手の様子を見ながら、その場で言葉を足したり、言い換えたりしながら情報を伝えていきますが、翻訳では一発で読んでわかる文章に仕上げないといけない点で通訳とは違う難しさがあります。
社内通訳の頃は、業務の一環として時間があれば翻訳もよくやっていました。フリーランスになってから、翻訳はほとんどしなくなっていたのですが、改めてやってみると興味深いです。翻訳によって、高校生向けに翻訳したり、大臣のスピーチを翻訳したりと読み手によってもかなり言葉やスタイルを変えていかないといけないので、社内で行っていたころの業務翻訳とはまた少し違った配慮が必要でそれも新鮮です。
中学・高校生向けに行ったセミナーの通訳をした時や政府高官の通訳をした時も同じように対象者を意識して、話し方や言葉遣いを変えましたが、ある意味、通訳では言いっ放しで、それが本当に適切だったのかどうかを客観的に一言一句確認することはできません。もちろん録音をして聞きなおせばできるのでしょうが、それを訂正し伝え直すことはできません。
ところが翻訳はそれが簡単にできてしまうので大変です。読み直していくうちに、何度も同じような変更を繰り返し、結局元の言い方に戻ったり、気に入らず一からやり直してみたりと翻訳という作業に慣れていないということもあるのでしょうが、普段使わないような形で脳を使っているような気がします。
このように自分で訳したものを何度も見直し、よりシンプルでわかりやすい訳に変えていく作業は(使っている脳は違うかもしれませんが)通訳にとっても非常に役に立つ訓練だと思います。何も難しいものを訳さなくても、簡単なものをわかりやすく英語または日本語にすることで、普段いい加減になっている言葉の使い方が自分の中で整理できますし、言葉の使い方の癖もある程度つかむこともできます。
生徒さんの中で、社内翻訳を始められた方がいて、その方の通訳の質が急に上がりびっくりしたことがありました。聞いてみると、短い翻訳をたくさんこなし、それを推敲し、また他の人にチェックしてもらうという作業を繰り返しているそうです。通訳訓練の量は増やしていないようなので、翻訳だけでも通訳の質は上がることが示されていると思います。この質の向上はロジックを過不足なく伝えるということを翻訳で鍛えたからだと思いますが、訳を聞いていて、この人は内容を理解したうえで、それをどう説明したらいいかもしっかりと考え訳出されているので、情報がうまく伝わってくるのです。
通訳を目指している方でも、通訳訓練だけではなく、チャンスが与えられるのであれば、翻訳の仕事を積極的に引き受けてみたり、自分で量を決めて少しずつ訳し推敲するという練習を取り入れてみてはどうでしょうか?英日であれば勉強している仲間同士でも十分チェックしあえるでしょうし、日英であったとしてもお互いのアプローチから学べることはたくさんあります。訳出の質を上げていく、自分の訳の癖をつかむためにも翻訳を訓練に取り入れてみると意外な発見があると思います。
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