INTERPRETATION

英語リスニングクリニック

上谷覚志

やりなおし!英語道場

皆さん『英語リスニングクリニック』という本をご存じでしょうか?

2000年に研究社から出版された本で、その名の通り“リスニング力が伸びないという方のためのクリニック”の中で話が進んでいきます。著者である4人の放送通訳者が登場し、2人の生徒をこのクリニックで特訓するという設定で話が進んでいきます。この2人の生徒は全くタイプが違うのですが、どちらもよくクラスにいそうなタイプの生徒で、読者が自分と重ねて考えることができると思います。

200ページ以上ある本の中で、この生徒を4人の講師がいろいろな通訳訓練を行いながら、学習の問題点を明確に指摘し、指導していく様子が記録されているのですが、初めてこの本を読んだ時に、こういうクリニックが本当にあったら・・・と思ったものです。もちろんビジネス的に考えるとマンツーマンでここまで細やかな指導をすることはかなり困難ではありますが、ここまでできると本当の語学力をつけることができるだろうなと思います。ただこういった場を実現できないにしても、この本を読むことでもう一度基本的な通訳訓練を整理することができます。

この中で取り上げられる学習方法に“シャドーイング” “ディクテーション” “スラッシュ・リーディング” “スラッシュ・リスニング”等があり、それぞれなぜこの勉強方法を行うのかしっかりとした根拠とその効果についても説明されています。何となくこういう訓練法をやっている人や本当に効果があるの?とこういった訓練法に懐疑的な方にも読んで頂きたいですね。

この本の中では、音声学的訓練や語彙力強化といった“ことば”に焦点を当てた訓練法以外に、情報処理の重要性についても触れられています。発音訓練、ボキャビル、文法演習といった“ことば”の勉強だけではなく、英語で発信される情報をいかに理解するかについては、あまり学校では教えられないので興味深いですね。

通訳学校で訓練を受けている人であれば、“スラッシュ・リーディング(=サイトラ)”はある程度はされているので情報処理訓練というイメージはつかみやすいと思いますが、一般の方にとっては英語で発信される情報をどう処理するのかなんて考えたことないのではないでしょうか?語彙・文法力が付いていけば、力技で理解していくものと考える方も多いと思いますが、「和訳する」=「情報処理して理解する」ではないということを理解する必要があります。

通訳養成コースでは、どうしてもアウトプットの言語の精度を上げていくことに重きが置かれるので、英日の場合だとわかりやすい日本語に訳すということが求められますが、一般の人にとっては自分さえ理解できればいいわけですから、わかりやすい日本語に直す必要はないわけです。一般の方向けのコースで情報処理の訓練として英日のサイトラをやるときの注意としては、アウトプットの日本語の精度は問わず、あくまでも英語をその語順のまま理解できているかどうかだけを確認するようにすることです。場合によっては、アウトプットの日本語の中に英語が混じっていても本人が意味を理解しているのであればよしとします。英語を正しい日本語に置き換えるというのは、単に情報を理解するというプロセスと比べるとはるかに高度なプロセスだからです。

この他にも“音読即訳”という訓練方法も紹介されています。この訓練方法は自分もよく使いますが、短い英文を一度音読して内容を把握し、すぐにその内容を(英文を見ずに)日本語にするという訓練方法です。言葉に捉われ過ぎる人、リテンションが弱い人、情報処理がうまくできない人にとっては非常に有効な勉強方法です。

英語を理解するには、語彙や文法といったミクロ的な知識の蓄積も必要ですが、全体として何が言いたいのかというマクロ的なアプローチ(訓練)も必要だと思います。一般の方の勉強はどうしても前者に偏っているので、ある程度のレベルに達したらもっとマクロ的なアプローチに切り替えた勉強方法が必要なのではないかという気付きを与えてくれる一冊だと思います。

(2009年3月16日)

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記事を書いた人

上谷覚志

大阪大学卒業後、オーストラリアのクイーンズランド大学通訳翻訳修士号とオーストラリア会議通訳者資格を同時に取得し帰国。その後IT、金融、TVショッピングの社での社内通訳を経て、現在フリーランス通訳としてIT,金融、法律を中心としたビジネス通訳として商談、セミナー等幅広い分野で活躍中。一方、予備校、通訳学校、大学でビジネス英語や通訳を20年以上教えてきのキャリアを持つ。2006 年にAccent on Communicationを設立し、通訳訓練法を使ったビジネス英語講座、TOEIC講座、通訳者養成講座を提供している。

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